【写真】多くの共感を集めるドラマ『しあわせは食べて寝て待て』【5点】
本作は水凪トリ氏の同名漫画を原作としており、膠原病を患うさとこが、薬膳や近隣住民との交流を通して、心身ともに健やかに過ごす日常を描いた“地味ドラマ”である。主人公もしくは主人公の想い人の余命が宣告されている“余命もの”のように、大恋愛が繰り広げられるわけでもない。SNSの考察合戦が白熱するような、謎が謎を呼ぶ怒涛の展開があるわけでもない。にもかかわらず、多くの視聴者を釘づけにしている要因として、“ちょうどいいお湯加減”と感じる温かさが挙げられる。
さとこが住む団地の大家兼お隣さん・美山鈴(加賀まりこ)や、鈴の同居人・羽白司(宮沢氷魚)と一緒に食事をするシーンは本当に何気ない。誰かのために誰かが作った料理を美味しそうに食べ、他愛もない会話をしているだけなのに、なぜだかとても心地良い。桜井や加賀、宮沢が「日常の1ページを切り取っているだけ」と思わせる自然体の演技を見せており、何も起きないからこそ安心して見ることができる。
加えて、まさに団地の部屋を再現している緻密なセットも、優しい空気感を演出している。最近は少し減ったが、登場人物が自身の収入では到底住めそうにない家に住んでおり、「部屋が広すぎでは?」と疑問を持ちたくなることは“ドラマあるある”だ。そういった違和感が少しでも頭に浮かぶと、緩やかな気分は一気に壊れる。視聴者にノイズを一切与えず、リアルな生活感を出しつつ、おしゃれなインテリアが配置されているところも、ぼんやりと眺められる要因の一つだ。美術スタッフのセンスの高さを感じざるを得ない。
とはいえ、ただただ緩いだけではない。膠原病のために、さとこは定期的に希死念慮にかられたり、何もできずに家の中でぐったりしたりなど、毎話生きづらさを抱えているシーンが登場する。また、週4日のパート勤務しか難しく、それでいて物価上昇に苦しみ、経済的な余裕もない。第2話では、さとこが満足に欲しいものも買えない状況に絶望して、「何のために生きてるんだろう」とこぼしていた。多種多様なしんどいシーンを挟むことで、さとこが日常の中に幸福感を見い出し、懸命に生きている様子がより印象的に映る。
緩やかな展開の一辺倒ではないからこそ、さとこの生き方に勇気と元気をもらっている人が多いのかもしれない。
本作に限らず、NHKが手がける魅力的な地味ドラマは多い。『しあわせは食べて寝て待て』同様に団地を舞台にしたドラマ『団地のふたり』(2024年10月から放送)、天涯孤独の独居老人・一橋桐子(松坂慶子)が刑務所で余生を過ごすことを目指して犯罪を企てようとする奮闘記『一橋桐子の犯罪日記』(2022年10月から放送)、お笑いコンビ・阿佐ヶ谷姉妹の日常を描いた『阿佐ヶ谷姉妹のほほんふたり暮らし』(2021年11月から放送)など、定期的に放送されている。
いずれのドラマも主人公は未婚者だ。ただ、ひとり身ではあるが周囲の人たちと接しながら、何も起きない日常をつつましくも楽しく生きている。未婚率は上昇を続ける中、実質賃金は30年以上も横ばいを続けている今の日本。さとこや桐子のように日常生活に不安感や孤独感を抱いている人は少なくない。
とはいえ、そういった人たちを安易に題材にすれば良いわけでもない。『しあわせは食べて寝て待て』がまさにそうである通り、将来に不安を抱える登場人物を悲観的にも楽観的にも過剰に描かず、絶妙なバランスで描かれているからこそ共感を呼んでいるのだろう。
なにより、決して幸福は高いところにも、遠いところにもない。足を止めるだけで、周囲を少し見渡すだけで、その種や苗はすぐそこにある。そんなメッセージをさりげなく示し、今の人々に優しく寄り添ってくれるからこそ、地味ドラマに惹かれてしまうのだろう。NHK系に限らず、地味ドラマがひっそりと毎クールの定番になってほしい。
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