アイドルとしては異色かつ異例のコンテンツが5月30日から配信され、話題を呼んでいる。題して『THE FIRST音読』。
HKT48のメンバーが文芸作品を朗読する。ただし映像はなく、音声オンリー。なぜ令和の時代にこんなにもアナログ色が濃い企画が発進したのか? 13年間に渡ってHKT48をディープに取材し、今回の企画の立ち上げにも協力したフリーライターの小島和宏氏がその舞台裏と音読の真意を熱く綴った。

【画像】「THE FIRST音読」で文芸作品の朗読に挑むHKT48メンバーたち

アイドルにとって「声」は大事な財産、である。
 
もちろんかわいいルックスも大切だし、元気なパフォーマンスも大きな魅力のひとつ。いや、それこそがアイドルというコンテンツの根幹にあるものなのだが、忘れてはいけないのが「声」なのである。
 
1980年代初頭、松田聖子が日本中に一大旋風を巻き起こしたとき、ぼくはあんまり乗れなかった。あまりにも王道アイドルすぎて、そんなに興味を持てなかったのだ。ところがある日、偶然、耳にした彼女のラジオ番組で評価が一変した。王道アイドルのイメージとはかなり違う軽妙なトークに惹かれ、毎週、番組を聴くようになり、それがきっかけでアルバムも購入し、気がつけばコンサート会場に足繁く通うようになっていた。

世間より2年ぐらい遅れてやってきたマイブーム。ルックスではなく声から入っているから、そこから長く深く応援することができた。
そう、声はアイドルにとって重要な「入口」になり得るのだ。
 
そんな実体験があるから、今回「音読」企画を進めている、と聞いたとき、新しい「入口」を作れたらいいな、と素直に思った。
 
それにはもうひとつ大きな理由がある。ここ数年の楽曲を聴いていただければわかるのだが、HKT48の「歌声」が大きく変わってきているのだ。5期生の石橋颯と竹本くるみがセンターに立ち、若い6期生と7期生が続々と選抜メンバーに加わったことで、ガラッと歌声が変化した。そのことを広く知ってもらうためにも、あえて声にフィーチャーしたこの企画は面白いし、まだまだキャラクターを知られていない若いメンバーをより深く知ってもらうチャンスだ、と。
 
つまり、この音読企画は現在のHKT48にジャストフィットするプロジェクトだったのだ。
 
企画に参加できるメンバーは10人。普通、48グループで〇〇選抜という括りで動くときは16人が基本的な人数になるのだが、今回はコンテンツ上の都合、どうしても10人という縛りができてしまう(夏目漱石の『夢十夜』を第一夜から第十夜までリレーで読んでいくため)、参加メンバーはこちらから指名するのではなく、やってみたい、と考えているメンバーに立候補してもらう形式をとった。
 
ほかのジャンルならともかく、朗読ばかりはメンバーが読んでいるところなんて誰も見たことがないから、なかなか推薦もしにくい。自分の声に密かに自信があるメンバーもいるかもしれないし、ここは広く募ったほうがいい。近年、セカンドキャリアとして声優の道を選ぶアイドルも増えているし、そういう願望があるメンバーにとってはビッグなチャンスにもなる。
 

とはいえ、前例のないプロジェクトなので、どれだけ手が上がるかは未知数。もし、10人に届かなかったら、こちらから指名せざるを得なくなるのだが……結果、定員を大きく上回るメンバーが立候補を申し出てくれた。特に若い6期生、7期生はかなりの人数が手を挙げてくれた(彼女たちだけで定員をオーバー!)。最終選考に漏れてしまったメンバーには申し訳ないが、この企画が間違っていないことを確信できた。

その中のひとりに豊永阿紀の名前があった。
 
正直な話、もし、こちらでメンバーをチョイスすることになっていたら、真っ先に指名していたであろう存在が彼女である。特に掘り下げて話をしたわけではないけれど、普段の取材を通じて、あぁ、ものすごく本を読んでいるんだろうな、と感じていた。

それだけ言語センスが素晴らしい。インタビューをしても、とにかく使える話に見出しになるフレーズを大量に提供してくれるので、いつも助かっている。というか、毎回、誌面の都合上、大幅にエピソードをカットしなくてはいけないのが心苦しいぐらい。間違いなくここ10年で「スペースの都合上、インタビュー原稿を削った行数」では彼女がダントツである。
 
最近ではコンサートでの締めの挨拶も彼女が担当することが多いのだが、もはやポエムといっても過言ではない名言、名調子を連発。
いつだったか、あまりにも素晴らしかったので「昨夜から考えていたんですか?」とバックステージで尋ねると「今日のコンサートの感想を伝える挨拶なのに、事前に考えられるわけないじゃないですか。すべてその場で考えた言葉です」と言われて驚愕した。いったい頭の中にどれだけ言葉のストックがあるんだ、と。

ただ、その能力をアイドルとして活用するのは、なかなか難しい。歌がうまい、ダンスがすごい、楽器が弾ける、といった特技であれば、即、コンサートの演出に落としこむことができるのだが、たとえば朗読をコンサートの中に組み込もうとすると、あまりにも「静」すぎるがゆえに、全体の流れを考えたら、ちょっと難しくなってしまう。そういう意味でも、今回、独立したコンテンツとして始動できてよかったし、豊永阿紀が立候補してくれたことを知って、あぁ、よかった、と安堵した。
 
まだ企画が水面下で進行しているとき、豊永阿紀を「月刊エンタメ」で取材した。今年の春、残念ながら休刊してしまった雑誌なのだが、その最終号に掲載するための取材で他のメンバーを含めての座談会。テーマは「出会いと別れ」。いささか難しいお題だったが、豊永阿紀は真っ先に「ひとり旅での出会い」を語りはじめた。
 
なんの下調べもなく金沢へ1泊2日で出かけ、古びた喫茶店に入り、老マスターとゆったりと語り合い、その会話から地元の人が通う隠れ名店を導き出して夕食を堪能する、という旅の達人っぷりにも感嘆したが、バスの行き先掲示に「図書館」の文字を見つけ、瞬時に旅のメインを図書館に決めてしまった、というエピソードには同席したメンバーも「ええーっ!」となった。
 
せっかくの旅先、しかも観光地満載の金沢に来ているのに、何時間も図書館で過ごすとは! そこで豊永阿紀はいかに本が好きかを熱弁。
中学生のときは図書館に入り浸っていて、いまでもどの棚になんの本があるのかを覚えている、とも。やはり彼女の言語センスの素晴らしさは、たくさんの本との出会いによって磨かれてきたのだ。
 
そんなバックボーンを知ると、朗読を聞いたときに、さらに深みが増す。豊永阿紀が担当した森鴎外の『舞姫』は6月6日に配信予定。アイドルの新たな可能性に迫る音声コンテンツを是非チェックしていただきたい。

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