今田美桜がヒロインを務める連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合・月曜~土曜8時ほか)。5月26日(月)~30日(金)には、第9週「絶望の隣は希望」が放送された。
ここまで約2ヶ月間、登場人物たちの行く末を見守ってきたのだが、ヒロイン・のぶ(今田美桜)が今どんな思いで生きているのか、その“本心”がどうにも見えてこないのが正直な感想だ。本記事では彼女の内面に焦点をあて、その心の奥を探ってみたい。

【写真】『あんぱん』のぶに欠けているのは自分軸?第9週場面カット【5点】

今作の公式サイトによると、のぶは「行動力とスピード感にあふれ、人生の荒波をパワフルに乗り越えていく主人公」とされている。確かにのぶは行動的で、その分芯のあるヒロインに見えるが、一方で自身の中にある“自分軸”がまだ育ちきっていないのではないかとも感じられる。

例えば女子師範学校時代、黒井先生(瀧内公美)の強い愛国精神や、それに感化されていく友人・うさ子(志田彩良)に、のぶは明らかな違和感を抱いていた。しかし、ひょんなことから「愛国の鑑」と呼ばれるようになると、それに異を唱えることなく、「愛国の鑑」としての役割を受け入れてしまっている。

その後、のぶは夫となる次郎(中島歩)に「兵隊になっていく子どもたちを育てるのがつらい」と本音を漏らし、「愛国の鑑」と呼ばれることへの葛藤を吐露した。しかし第9週では一転、軍からの乾パン作りの依頼に喜び、抵抗を見せる蘭子(河合優実)やヤムさん(阿部サダヲ)を半ば強引に説得しようとしてしまう。

家族同然の存在だった豪(細田佳央太)の死、愛する人を失い苦しむ蘭子、新婚でありながらいつ夫を失うか分からない状況……にもかかわらず、なぜのぶは軍からの依頼を嬉々として受け入れられるのだろうか。

おそらく、のぶが乾パン作りに前向きなのは「戦っている兵隊さんの役に立てるから」だろう。嵩から贈られたハンドバッグを断ったときも、「今この瞬間も兵隊さんが命をかけて戦っているから」と、似たような言葉で断っていたのを思い出す。そこには、自分の気持ちよりも“兵隊さん”を中心とした他者軸が見え隠れしているのだ。


ではなぜ、のぶは自分軸を持たないまま大人になってしまったのか。その理由を考えたとき、のぶの中には「なぜ?」という問いかけが欠けているのではないかと感じた。かつて「女子がパン食い競争に出られないのはおかしい」と反発心を抱いたときも、“なぜ”女子がパン食い競争に出られないのか?その原因はどこにあるのか?と、その背景や構造的な理由まで深く掘り下げることはなかった。つまり、違和感を感じても「なぜそうなっているのか?」という本質的な問いに至らないのだ。

ハンドバッグをくれた嵩に対して、“なぜ”受け取れないのか自分の言葉で伝えられたり、乾パンの依頼を受けたい理由を、例えば「お腹を空かせて亡くなる兵隊さんを減らしたい」とヤムさんに伝えられていたら、嵩やヤムさんとの関係性も少し違っていたのかもしれない。

のぶがそうなってしまった原因には、戦争という時代の過酷さもあるだろう。思いがけず「愛国の鑑」とされ、社会の空気や常識に押し流されるなかで、自分の気持ちを見つめる余裕すらなかったのかもしれない。

しかし蘭子が明確に愛国精神に反発している以上、それだけが原因ではなさそうだ。やはり、のぶにとって決定的だったのは、幼少期に父を亡くしたことだろう。唯一、本音を言える存在であり、“考える力”を導いてくれた父の不在が、のぶの思考を止めてしまったとも考えられる。

自分の感情を言葉にしきれず、問いを持つこともできないまま大人になってしまったのぶ。そんな彼女の心を再び“なぜ?”へと向かわせる鍵を握るのは、父によく似た次郎か、はたまた嵩か。
主題歌『賜物』の一節、「愛しき魔法の鍵を君が握ってて、なぜにどうして?」のように、誰かがのぶの心にそっと鍵を差し込んでくれることを期待している。

【あわせて読む】松嶋菜々子『あんぱん』で見せた圧倒的な美と存在感─なぜ彼女は今なお輝き続けるのか?
編集部おすすめ