【写真】吉沢亮と横浜流星の覚悟と魂を映し出した傑作『国宝』
そんなタブーにも似た題材に挑んだのが、吉田修一による小説『国宝』だ。彼が作家生活20周年を記念して発表したこの作品には、フィクションならではの躍動感と、取材に裏打ちされたリアリティが同居している。実際、吉田は4年にわたり黒衣として舞台裏に身を置き、歌舞伎の“生”を観察してきたという。その経験が物語の骨格となっている。
そして映画『国宝』は、『悪人』『怒り』に続いて吉田作品を映像化してきた李相日監督との3度目のタッグ作となった。実は李監督は『怒り』の公開時点で、女形を主題にした作品を撮りたいと構想を持っていたという。そう考えると、2017年に「国宝」の連載が始まり、それを李監督が手がける未来は、ある種の必然だったのかもしれない。
完成した映画『国宝』は、まさに日本映画史に刻まれるべき一作となった。中でも驚かされたのがキャスティングだ。
ふたりが演じるのは「二人道成寺」や「二人藤娘」、「関の扉」など、実際に上演されることもある名演目ばかり。彼らの演技には、歌舞伎を知らなくても熱量が伝わる魂のようなものがあり、まさに“本物”として成立している。実際の歌舞伎役者がこの演技をどう受け止めるのか、気になるところだ。
物語は、ふたりの役者の人生をなぞる構成となっている。約3時間という長尺ながら、彼らの芸と生き様を描くには時間が足りないと感じるほどだ。ただ、その時間の制約を補って余りあるのが、俳優たちの演技によって「その年月を確かに生きてきた」と思わせる説得力である。
吉沢亮と横浜流星は共に特撮出身という共通点を持つ。吉沢は『仮面ライダーメテオ』、横浜は『トッキュウジャー』の4号だった。その頃のふたりを見て、これほど深く芸に生きる姿を想像できた人がいただろうか。
もちろん主演ふたりだけではない。渡辺謙、田中泯といった大御所の存在感も光るが、特筆すべきは、男社会である歌舞伎界に生きる女性たちの描かれ方だ。セリフが少なく抑えられた構成ながら、寺島しのぶ、高畑充希、見上愛らが静かに、しかし確かな存在として作品を支えている。中でも森七菜の演技は群を抜いており、成長の著しさを感じさせる。6月13日公開の『フロントライン』とあわせて注目したい。
そして映像面にも注目しておきたい。本作の撮影監督には、『アデル、ブルーは熱い色』やApple TV+『パチンコ』を手がけたチュニジア出身のソフィアン・エル・ファニを起用している。彼のレンズを通して映し出された歌舞伎の世界には、どこか海外映画のような空気感が漂う。それもまた、本作を唯一無二の作品たらしめている所以だろう。
伝統を敬いながら、革新を恐れず挑戦する――映画『国宝』は、まさに“今”の日本映画が世界に向けて放つ、魂の一撃である。
▽『国宝』
後に国の宝となる男は、任侠の一門に生まれた。この世ならざる美しい顔をもつ喜久雄は、抗争によって父を亡くした後、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。そこで、半二郎の実の息子として、生まれながらに将来を約束された御曹司・俊介と出会う。正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる二人。ライバルとして互いに高め合い、芸に青春をささげていくのだが、多くの出会いと別れが、運命の歯車を大きく狂わせてゆく...。誰も見たことのない禁断の「歌舞伎」の世界。血筋と才能、歓喜と絶望、信頼と裏切り。もがき苦しむ壮絶な人生の先にある“感涙”と“熱狂”。何のために芸の世界にしがみつき、激動の時代を生きながら、世界でただ一人の存在“国宝”へと駆けあがるのか?圧巻のクライマックスが、観る者全ての魂を震わせる……。
原作:「国宝」吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
脚本:奥寺佐渡子
監督:李相日
出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作、宮澤エマ、中村鴈治郎、田中泯、渡辺謙ほか
製作幹事:MYRIAGON STUDIO
制作プロダクション:CREDEUS
主題歌:「Luminance」原摩利彦 feat. 井口 理(Sony Music Label Inc.)
配給:東宝
2025年6月6日(金)より公開中
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