7月23日にリリースされたHKT48の新曲『半袖天使』で初選抜入りした山内祐奈が話題になっている。彼女は2013年に加入。
なんと約12年間、4281日目にして、はじめて選抜入りするという48グループ史上最長記録を樹立したのだ。彼女が加入したときからHKT48を取材している小島和宏記者は7月31日発売の雑誌『BUBKA』でインタビューを担当しているのだが、これが12年目にして初のソロインタビューだった、という。長い歴史を傍らから見守ってきた番記者も思わず涙した初選抜の舞台裏を綴る。

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 HKT48を取材しはじめてから、もう13年になろうとしている。本拠地である博多とは距離があるため、がっつり密着取材というわけにはいかないけれど、細く長く、それでいて深く追いかけてきたつもりだ。

 とはいえ常時40人以上のメンバーが在籍するグループだけに、すべてのメンバーをしっかりと取材する、というのは難しい。長年、ももいろクローバーZの取材をしてきて身に染みてわかったことは、すべてのメンバーを徹底的に掘り下げて取材するのは4人が限界だ、ということ(それでもソロ活動が多くなれば追いかけきれなくなるのだが……)。その10倍の人数と向き合って発信していくことの難しさと13年間、ずっと格闘してきた。

 正直な話、一度もソロインタビューをしないまま卒業を見送ることになったメンバーもたくさんいる。今回の新曲『半袖天使』で加入から約12年、じつに4281日目(48グループ史上最長記録)にして初選抜入りした山内祐奈も12年間、一度もソロで取材することができないでいたひとりだった。

 山内祐奈はHKT48の3期生。加入したときから見てきているし、対談や座談会といった形式では取材をしたことがあるが、ソロで撮影やインタビューとなると、やっぱり選抜入りしているメンバーじゃないと難しい。


 だから、今回、12年目にして初取材ができると決まったときは「あぁ、よかった。やっと取材ができる」と安堵した。じつは取材が決まった時点では、まだ選抜入りが発表されていなかったので、初選抜の報せを聴いて思わずグッときて泣いてしまった。発表されたイベント現場では多くのスタッフが感涙した、という。それだけ12年という時間は長くて、重い。

 やっとソロ取材ができる、と安堵したのは彼女に救われたことが何回もあり、やっとそのお礼が誌面でできる、と思ったからだ。座談会などで、話がどうにも回らなくなったとき、いつも助けてくれたのは山内祐奈だった。

 2年ぐらい前、メンバー10人で座談会をしたことがあった。結構、重いテーマでギスギスしていた過去を語るときには場の空気がピーンと張りつめたり、思い出話に感極まってひとりのメンバーが泣き出すと、その涙が連鎖して、何人もが泣いてしまう、というまさかの展開も。

 さて、困った……となったとき、山内祐奈が気の利いたコメントを挟んで、自然と話を回してくれたのだ。あまりしゃべっていないメンバーにも「そういえば、あのとき〇〇ちゃんは……」とエピソードを振ってくれたり、見事な裏回しで多人数での座談会を機能させてくれたのだ。

 ありがたい、と思う反面、申し訳なくも思った。
せっかくメディアに出て、自分をアピールする機会なのに、彼女はまったく自分語りをしていない。トークを回してくれてはいるものの、トークの中心には出てこないのだ。

 そんな「私が、私が!」とグイグイいかない性格がひょっとしたら選抜に一歩、届かない要因になってしたかもしれないし、そうやって損をしていることを知っていたから、選抜入りに涙する関係者がたくさんいた、ということなのだ、きっと。

 そのあたりの話をすると「あまり感情を表に出すのが得意じゃなくて、入ったばかりのころは『なにを考えているのかわからない」と周りからよく言われました」と山内祐奈は笑った。「ただ、ずっと選抜に入れなかったので、いまになって振り返ると、どの楽曲にも、どのイベントにもひとつは悔しい思いが残っているんですよ。それが12年ですからね。やっぱり長かったです……」。

 3期生はアイドルブーム全盛期に加入しているので、華やかな舞台をたくさん経験してきた。紅白歌合戦にも出場したし、旧・国立競技場のステージにも立っている。日本中のドームも踏破した。それだけの勲章を手にしながら、肝心の選抜入りだけが果たせないでいた。

「やっぱりアイドルとして活動してきた以上、選抜として表題曲を歌ってCDジャケットに映りたいし、声も乗せたい。
あきらめかけた時期もありましたけど、いつからか『選抜に入るまでは卒業しない』って心に決めていました。

 私、基本的に飽き性なので、こんなにひとつのことが続いたのはHKT48がはじめてなんですよ。まぁ、その反面、負けず嫌いでもあるんですけど(苦笑)。でも、よく考えたら、負けん気が強くなったのはHKT48に入ってからかもしれないですね。うん、だからこそ、ここまでがんばってこれたんだと思うし、まだまだこれからも笑顔でがんばっていきたいです」

 同期には矢吹奈子&田中美久の『なこみく』がいた。ふたりは加入から数カ月で選抜入りし、彼女たちに引っ張られるようにほかの同期も早くからチャンスをゲットしてきた。そういう背景があるから、12年という年月以上に長く感じる日々だったと思う。

 それでもファンは「絶対に次は入れるから!」と信じて支えてくれたし、家に帰れば母親が時に優しく、時に厳しく言葉をかけてくれた。いまや唯一の同期となった栗原紗英が選抜メンバーに入り続けて「次は一緒に入ろうね!」と励ましてくれたことも大きな力になった。

 そんな彼女が今回の選抜入りを伝えたい人がもうひとりいる、という。

「それは過去の自分です。過去の私がどこかのタイミングで『もうダメだ』ってあきらめたり、辞めちゃったりしていたら、今、私はHKT48にはいなかったし、選抜にだって入れなかった。
だから過去の自分に『がんばったね。よかったね。ありがとう!』って伝えたいですね」

 今回の選抜メンバーではもっともキャリアが長い。最長キャリアのメンバーが初選抜、というのも、なかなか珍しいケースである。

「何年か前に年女だけ集まって写真を撮ろうってなったとき、私と(豊永)阿紀ちゃんの周りに小さい子が集まって『?』と思っていたんですけど、干支が一周違うメンバーたちだったんですよ(笑)。今回、私と一緒に初選抜入りしたはんちゃん(猪原絆愛)もひとまわり下ですね。あぁ、長くやってきたんだなぁ~って思ったし、これがアイドルの面白さなんだな、とも感じました。これからもアイドルを楽しんでいきたいです!」

 4281日目のゴールではなく、4281目からの新しいスタート。

 HKT48は来年、15周年を迎える。数少なくなった黄金時代を知るメンバーが今、こうやって選抜入りし、最前線に立って後輩たちに背中で語ることはまだまだ続いていくグループの歴史にも必ず大きな意味をもたらす。今回の新曲がきっかけとなって4281日目から山内祐奈を推しはじめる新規ファンが生まれるなんて、まるで映画みたいな話ではないか。そんな素敵な物語をリアルタイムで追いかけることができるアイドルって、やっぱり素晴らしい!

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