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◆どんな仕打ちを受けても、相手を憎まない心
自分の計画を邪魔されたり、騙されたりすれば、怒りを感じるのはごく普通のことだ。相手に冷淡な態度を取ったり、悪質な報復を企てたりもしたくなるだろう。しかし、蔦重は違う。
例えば、第4話「『雛形若菜』の甘い罠」では、女郎屋と呉服屋が共同で制作した錦絵において、女郎屋の主人たちは信頼の厚い蔦重の名前を利用し、女郎から中抜き分を含む制作費を搾取していた。
さらに、同放送回では、鱗形屋の主人・孫兵衛(片岡愛之助)と西村屋の主人・与八(西村まさ彦)にも蔦重は騙されている。版元の仲間入りの話をエサに錦絵の制作を丸投げされた挙句、錦絵は地本問屋の規定により蔦重の名前では出版できないとの言い分で手柄を横取りされた。
第26回「三人の女」で当時の心境を述べていたように、地本問屋の仲間に入れてもらえず、本を出版できなかった時期には「仲間なんてもんぶっ潰れりゃいいのに」と思うこともあったようだ。しかし、視聴者は蔦重がこう思っていたことに気付かなかったほど、彼は自分の負の感情を表に出していなかったし、感情の切り替えが早く、落ち込んでもすぐに平常心を取り戻していた。
心ない態度を取る人に対し、無礼かつ冷淡に振る舞ったり、商売の場を変えたりするのは簡単だが、蔦重のように同じ場所にとどまり、どんな相手にも礼儀正しく振る舞い続けるのは難しい。
真心を込めて向き合い続けることで、相手の自分に対する評価が変わることもある。
◆「誰も気にしてねえ」というポジティブな心
自分の失態や誰かに放った一言を長く気にする人は、筆者を含めて多いが、春町(岡山天音)もそのタイプのようだ。
本作の22話「小生、酒上不埒にて」では、春町(岡山天音)が絵師たちが集まる酒の席での失態を悔い、蔦重に「誰も気にしていませんから」と励まされるシーンがあった。蔦重が言うように、政演(古川雄大)は「盗人」と言われたことを覚えていなかったし、とばっちりを受けた南畝(桐谷健太)は春町の皮肉を高く評価していた。
他者に対し、相手はどうせ気にしないだろうと決めつけて、自分の感情をぶつけるのは控えるべきだが、失態を過度に気にする必要はないのかもしれない。大半の人たちは特定の誰かの言動を気にし続けるほど暇ではないのだから。
また、政演や南畝の他人の失態を忘れるスキルも生きる上で大切だと思う。政演は春町のために忘れたフリをしていたのかもしれないが、いずれにしても心が広い。他人の失態を水に流すことはその人のためだけでなく、自身を幸せにする。些細なことでイライラしていたら、心の健康を損なうだろう。
◆他者との交流の中でアイデアを生む力
蔦重は“アイデアマン”と評価されているが、単独で何かを生み出すことは実のところあまりない。蔦重は周囲から聞き得た情報や仲間たちのアイデアを種とし、花を咲かせている。
本作の第3回「千客万来『一目千本』」では吉原の女郎を花に見立てた『一目千本』を制作していたが、女郎を花に見立てるアイデアは重政(橋本淳)との会話でひらめいた。どんな入銀本なら欲しいと思ってもらえるかと悩む蔦重に、「見立てる」というヒントを与えたのは重政であった。
また、第19話「鱗の置き土産」では春町の作品の案思として、蔦重は100年先の江戸や丁髷といったユーモアあふれるアイデアを思いついた。春町が100年後の丁髷を描けたのは、歌麿(染谷将太)がテーマではなく、自分たちが見てみたい絵を考えてみてはどうかと提案したことが契機だ。
“私のアイデアこそすばらしい” “他人の案を織り込むとオリジナリティが薄れる”といった傲慢さや自信もときには必要だろう。けれども、複数人がアイデアを出し合うことで、一人で取り組んだものよりもさらによいものに仕上がることもある。
他人の意見を得るには一緒に考えてくれる仲間の存在が必要だ。誰かと一緒に何かを生み出すには、蔦重のように良好な人間関係を築くための努力も欠かせない。蔦重は人の話に真剣に耳を傾けているし、感謝の言葉を常に口にしている。笑顔がトレードマークといえるほど、いつも表情がにこやかだ。
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