今秋、天海祐希主演の「緊急取調室」(テレビ朝日系)が木曜21時枠に戻ってくる。さらに、劇場版「緊急取調室 THE FINAL」が12月26日より全国各地の映画館で公開される。
本作は約12年の歴史を誇る人気シリーズであるが、共演者は親戚のように親しく、本作を心から愛するファンも多い。本記事では、「キントリ」と天海祐希の長年のファンである筆者が本作について語る。

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◆現代日本の世相を映す 
「私だって全然幸せじゃない。あなたといい勝負よ。もうすぐ45歳の誕生日だっていうのに、祝ってくれる旦那はいない。恋人もいない。友達もいない。どこに行っても人に嫌われる。嘘じゃない。仕事だって給与は安いし、上司は陰険。[中略]もうこうして2時間も喋ってるんじゃない?私、こんなに長い時間、誰かと電話で喋ったの久しぶり」

約12年の歴史を持つ「緊急取調室」であるが、本作は主人公・真壁有希子(天海祐希)がバスジャックの犯人に語りかける上記の台詞で2014年に幕が開いた。有希子のこの台詞には現代社会のありさまが投影されており、多くの視聴者の心に強く響いたはずだ。
この世界には、誕生日に“おめでとう”と言われることをあきらめ、どこに行っても嫌われ、それでも懸命に働いて生きている人は少なくない。

本作を観ると、誰もが心の奥に秘めた孤独、悲しみ、怒り、絶望、嫉妬といった暗い感情が何かのきっかけで爆発し、犯罪を引き起こすことがあると感じられる。とはいえ、有希子が被疑者に手加減しないことにもいえるよう、いかなる事情があろうと他者を傷つける行為は許されない。ここで重要なのは、有希子は被疑者や犯人を“凶悪犯”として見ていないことだ。彼らにも心があり、独自の人生の物語があることを分かっているからだろう。

例えば、「ゲームの神と呼ばれた男」(シーズン1・6話)では、北原健(間島真之介)が父・山本真人(佐戸井けん太)に抱く複雑な感情と怒りが描かれている。健は母とともに真人に捨てられ、二人で懸命に生きてきた。ゲーム制作の才能に秀でた健は父の会社に素性を隠して入社し、人気ゲーム「ペガサスアドベンチャー」の企画者となった。父に認められたい一心でゲーム制作に打ち込み、父とゲームを制作できることにうれしさを感じていた。しかし、真人は健のゲームのアイデアを「セコイ」と評し、その上で「育ちがセコイ」とも言った。健は母と歩んできた人生を否定されたように感じ、父殺しの犯行へと駆り立てられた。健は中田善次郎(大杉蓮)の言葉通り、悪いことをしたが悪い人ではない。
父への愛情と期待ゆえに、純粋な心が悲劇的な行動につながったのだ。

また、「傘をさす女」(シーズン2・1話)では、白河民子(三田佳子)を通して、高齢者の孤独が描かれている。民子は担当の配達員・小牧修介(石田卓也)と会うことを楽しみにしており、自分で自分に荷物を送るほどであった。というのも、民子は「20年以上誰とも話さない生活をしている。運の悪いことに健康。地獄みたいな穏やかさから救ってくれていたのが彼」と話していたように、孤独を抱えていたからだ。人付き合いがほとんどないと、他者の何気ない優しさが特別なものに感じたり、相手に過度な愛情を抱くことがある。民子は修介が不貞をはたらく姿を偶然見かけ、そのことを彼に咎(とが)めた。すると、自分が彼に抱くあたたかな想いをからかわれ、一人で生きてきた40年間を踏みにじられたと思い、彼を殺した。

本作に登場する被疑者には多くの視聴者の胸の内に重なるところが少なからずあると思う。人間は一線を越えないように自分を抑え込まなければならないが、誰もができるほど簡単なことではない。

本シリーズがスタートした2014年以降、私たちを取り巻く状況はよくなるどころか悪化し、ギリギリの状態で生きている人はさらに増えたと思う。
そうした中で、10月から始まる新シーズンではどのような被疑者が登場し、私たちの心に何を訴えかけるのだろうか。

◆おじさんたちを率いる天海祐希 年齢を重ねたからこそ見えてくるもの
天海が演じる有希子が被疑者と全力でぶつかっていく姿は本作の大きな見どころの1つとなっている。有希子の決め台詞「マル裸にしてやる!」が象徴するように、取り調べは被疑者が胸に秘めた思いをさらけ出し、事件の真相を明らかにするまでの過程である。被疑者にとっては、罪から逃れようともがき、目を背けていた内面と向き合う苦しい時間である。一方、取り調べ官にとっては、被疑者を導き、怒りや悲しみ、同情などさまざまな感情が揺さぶられる時間だ。本作では、被疑者と取調官が対立しながらも互いに寄り添い、暗いトンネルを進む。出口にたどり着くと、被疑者は自分や被害者の本心に気づき、一皮脱げることが多い。

公式SNSに投稿された動画で、天海は「またあの灰色の世界(=取調室)に入るのかっていう。[中略]向き合っていくのってすごい怖いし、そこに向かう体力っていうのは、もしかしたら年々落ちるかもしれないですけど、そこに向き合う精神力っていうのは、年々上げていきたいと思っています」とコメントしていた。

有希子が被疑者に向ける表情は怒りや悲しみだけでなく、優しくも愛情深くもあり、年を重ねるごとに深みを増している。また、有希子は被疑者の苦しみやつらさ、罪への悔いをも、どっしりと受け止めているように感じられる。天海自身が人間への理解度を年々高め、人間の複雑な感情や脆さを熟知しているからこそ表現できるのだと思う。


本作は人間の暗い感情が渦巻く物語だが、小日向文世演じる小石川春夫やでんでん演じる菱本進ら“おじさんメンバー”のあたたかな笑顔、田中哲司演じる梶山勝利が有希子に抱く恋心(?)、そしてキントリメンバーの絆など、心温まる要素も多い。彼らの「ウェーイ」を再び聞けるのは喜ばしい。

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