今田美桜がヒロインを務める連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合・月曜~土曜8時ほか)が、9月26日(金)に最終回を迎えた。のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)は、共に“逆転しない正義”を探し続け、やがて誰もが知る「アンパンマン」が誕生した。
本記事では物語を振り返りながら、“逆転しない正義”とは一体何だったのか、その答えを探っていきたい。

【写真】最後は「ほいたらね」でお別れ『あんぱん』第130回【5点】

嵩は第1回冒頭で“逆転しない正義”についてこう語っている。「正義は逆転する。信じられないことだけど、正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ決してひっくり返らない正義って何だろう。おなかをすかせて困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」……この言葉が物語全体を貫くテーマとなった。

嵩の言葉どおり、今作では“正義が逆転する瞬間”が痛々しいほどに描かれてきた。1945年8月15日、玉音放送によって敗戦が知らされると、それまで正義とされていた価値観は一瞬で崩れ去った。「戦地に行くことは喜ばしいこと」「お国のために死ぬのは誇り高いこと」といった考えは、誰もが「日本が勝つ」と信じていたからこそ成り立っていた正義だったのだ。

正義には明確な形がない。何を信じ、何をもって正義とするかは人によって異なるはずである。誰も他人の正義を咎めることも、強制もできない。
しかし当時は国が一方的に「正義」を定め、それに従わなければ「不義」とされた。

のぶもその正義を信じ、子どもたちに軍国主義を教え込もうとしたが、敗戦によって自分の立場を失ってしまう。自分が信じていたものは正義ではなかった。では、これから何を信じて生きればよいのか――のぶの苦悩は、あの時代を生きた多くの人々の思いでもあっただろう。

のぶはその後、新聞記者、代議士秘書と職を変えながら、自分が信じられる「逆転しない正義」を探し続けた。一方で嵩も、漫画家になる夢を捨てきれず、自分が描くべきものと向き合い続けた。その果てに生まれたのが「アンパンマン」である。

アンパンマンは、自分の顔をちぎってお腹を空かせている人に分け与える。敵であろうと味方であろうと関係なく、見返りも求めない。あんぱんを食べる人を見届け、ヨロヨロと空を飛び立っていく。この「自分の一部を惜しみなく相手に与える行為」こそが、“逆転しない正義”ではないだろうか。

人から与えられるものは、関係や状況によって簡単に裏返る。
人や物に対して「思っていたのと違った」と勝手に落胆した経験がある人もいるだろう。だが、自分が差し出したものは決してひっくり返らない。裏も表もなく、ただ「与えた」という事実が残るだけである。

思えば嵩は幼い頃から、自然に「与える」ことができる人間だった。自分の弁当を奪った岩男を咎めず譲り渡したり、軍隊生活ではお腹を空かせているコン太に自分のご飯を分け与えた。のぶがパン食い競争に出たがっているのを察して出場権を譲ったこともあっただろう。

急な仕事の依頼や、あまり気の進まない仕事でも「柳井さんにやってほしい」と言われれば、惜しまず力を尽くしていた姿も印象的だ。嵩の生まれ持った揺るぎない正義は、戦争経験を経て確固なものになり、アンパンマン誕生につながったのかもしれない。

生や死のように絶対的なものを除けば、ほとんどの価値観は容易にひっくり返る。コロナ禍を経験した私たちも、そのことを痛感しているはずだ。だが、誰かを思う気持ちや、誰かに差し伸べた手、かけた言葉は決して逆転しない。それが『あんぱん』が描いた“逆転しない正義”の答えなのではないだろうか。


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