この週末、何を観よう……。映画ライターのバフィー吉川が推したい1本をピックアップ。
おすすめポイントともにご紹介します。今回ご紹介するのは、『盤上の向日葵』。気になった方はぜひ劇場へ。

【写真】将棋界の新星を演じる坂口健太郎ほか場面カット【3点】

『朽ちないサクラ』(2024)や「孤狼の血」シリーズなど、社会の不条理と人間の業を描いてきた作家・柚月裕子。その同名小説を、『隣人X -疑惑の彼女-』(2023)や『ユリゴコロ』(2017)で知られる熊澤尚人監督が映画化した。それが、坂口健太郎主演の『盤上の向日葵』だ。

将棋界に突如現れた新星・上条桂介(坂口健太郎)。経歴不明、出自も不明。それでも相手に考える間を与えない“スピード将棋”で次々と強豪を倒していく。その圧倒的な勝負勘の裏には、「山中で発見された白骨死体」と結びつく、壮絶な過去が隠されていた。

ミステリーのように始まる物語は、やがて“誰が殺したのか”ではなく、“なぜそうなってしまったのか”を描く人間ドラマへと姿を変える。事件の真相は中盤でおおよそ見えてくる。
それでも最後まで引き込まれるのは、悲劇へ至るまでのプロセス――そしてそれを映し出す熊澤監督の画力だ。

桂介の人生に深く関わる3人の男たち。酒とギャンブルに溺れた父・庸一(音尾琢真)、少年桂介を救おうとした元校長・唐沢光一郎(小日向文世)、そして闇将棋“真剣師”の東明重慶(渡辺謙)。うち2人は、憎むべき存在でありながら、桂介の将棋スタイルを形づくる欠かせない“師”でもある。

昭和から平成へと移り変わる時代。柚月裕子の筆が映すのは、救いのない現実と、それでも前に進むしかない人間の業。『砂の器』(1974)や『人間の証明』(1977)を想起させるような重厚さが漂い、そこにサザンオールスターズの主題歌「暮れゆく街のふたり」が郷愁と哀しみを添える。

坂口健太郎は、繊細さと狂気を往来する演技で新境地を切り開いた。渡辺謙は圧倒的な存在感を放ち、小日向文世は慈しみと虚無を見事に両立させる。そして注目すべきは、桂介の少年時代を演じた小野桜介。実写映画初出演ながら、その表情の一つひとつが痛いほどにリアルだ。

さらに、尾上右近の存在感も見逃せない。
登場シーンは少ないものの、名家に生まれた“お坊ちゃま棋士”のオーラがスクリーン越しにも伝わってくる。

物語は決して派手ではない。しかし、俳優陣の哀愁と静かな熱が、映画を何倍にも深くする。これは将棋を題材にしたミステリーではなく、「人生そのものが詰将棋」であることを描いた、魂のドラマなのだ。

〇作品情報
監督・脚本:熊澤尚人
原作:柚月裕子「盤上の向日葵」(中央公論新社)
出演:坂口健太郎、渡辺謙、佐々木蔵之介土屋太鳳高杉真宙、音尾琢真、柄本明渡辺いっけい、尾上右近、木村多江、小日向文世ほか
音楽:富貴晴美
主題歌:サザンオールスターズ「暮れゆく街のふたり」(タイシタレーベル / ビクターエンタテインメント)
製作:「盤上の向日葵」製作委員会
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/松竹
10月31日(金)より全国公開

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