「令和のM字クイーン」の異名でグラビア界にその名を轟かせる紅羽祐美。SNSに投稿される大胆なM字開脚の写真は常に大きな話題を呼び、ついにはキャッチコピーとなった。
さまざまな試行錯誤のうえたどり着いたポージングだったというが、このポーズと彼女の過去には深いつながりがあることがわかった。グラビアデビューに至るまで、そして駆け出し時代のことを語ってもらった。(前後編の前編)

【写真】"令和のM字クイーン"紅羽祐美の撮り下ろしカット【10点】

――まず、地元・山形県時代のお話から聞かせてください。山形にはいつ頃までいらっしゃったんですか?

紅羽 二十歳くらいまでです。高校卒業後は「手に職をつけたい」と思って歯科衛生士の専門学校に入ったんですが、なんか違うなと感じたので4ヶ月くらいでやめて。それから地元を出るまでの1年間は、飛行機に使う部品を作る工場で働いたり、パソコンを組み立てたり、携帯電話の販売などいろいろな仕事をしてました。

――その年齢ですごい働きっぷりですね。

紅羽 何もしないでいるのが無理な性格なんです。求人サイトを見るのが趣味みたいな感じで「次はこれをやってみようかな」ってワクワクしていました。一番楽しかったのは携帯販売ですね。ちょうどガラケーからスマホ、そしてiPhoneに移り変わっていく時代だったので、お客さんに合ったプランを提案したり、毎週のように会いに来てくれるおじいちゃんとお喋りしたりするのが好きでした。

――二十歳で地元を離れたとのことでしたが、上京されたんですか?

紅羽 いえ、仙台に行きました。
そこではECサイトさんのパチンココンパニオンのお仕事をしていたんですが、これも求人サイトで見つけて、直接応募したんです。あとから聞いたら、求人サイトを見て直接応募してくる子は初めてだったみたいで、珍しがられましたね。

――もともとコンパニオンのようなお仕事に興味があったんでしょうか。

紅羽 小さい頃の夢はモデルさん、テレビの中の人になることだったので、ずっとしてみたいと思っていました。でも、小さいとき両親に言ったら「大人になってからもやりたかったら、自分でお金を貯めて一人でやりなさい」と言われて……。山形からだと交通費も馬鹿にならないし、その言葉があってから恥ずかしくなって自分の夢が言えなくなっちゃったんです。心の奥では「バカ殿に出たい」ってずっと思っていたんですけどね。

――その夢が、コンパニオンという形で少し叶ったわけですね。

紅羽 そうです。でも、そこからさらにグラビアの道に進むことになるとは思ってもいませんでした。当時所属していたコンパニオンのユニットの中から、グラビアアイドルを発掘しようっていう企画が突然始まったのが、グラビアを始めることになったきっかけなんです。

――オーディションのようなものですか?

紅羽 「グランプリになったらグラビアDVDが出せます」というコンテストでした。
最初は全然乗り気じゃなかったんですけど、ECサイトの社員さんに「絶対いけるから出て!」と言われたので、出場しました。

――結果はどうでしたか?

紅羽 ファイナリストの5人までは残ったんですけど、グランプリは取れませんでした。しかも、グランプリを取った子がその後いなくなっちゃって、誰もDVDを出さずに終わるっていう幻のコンテストになったんです(笑)。でも、このコンテストで初めて水着の撮影を経験したおかげでグラビア脳に切り替わって、完全に火がついちゃったんです。

――もしかして、その勢いで東京に?

紅羽 はい。コンパニオンの仕事もほとんど辞めて、何の当てもなく東京に来ちゃいました。

――上京したての頃はどうやって生活を?

紅羽 たまにもらえるパチンコの仕事や、夜のバイトでなんとかやりくりしていました。でも、ある日、TwitterのDMでとあるグラビア事務所の方から「所属しないか」っていうスカウトが来たんです。

――まさにシンデレラストーリーですね。

紅羽 「よっしゃ!」と思いましたね。グラビアの事務所だし、これで本格的に活動できるって。グラビアアイドルとしての活動が始まったのはそこからでしたね。


――所属後、グラビア活動は順調でしたか?

紅羽 いえ……。事務所に入ってからすぐに出た「ミスジェニック」というコンテストは全然ダメでしたし、撮影会に出ても未経験でポーズすらわからなかったので、周りの子を見て真似するのが精一杯でした。

――そこから「M字クイーン」という確固たるキャラクターを確立するまでにはどういう試行錯誤を?

紅羽 ずっと自分の強みを探し続けたんです。何かに特化しないと埋もれちゃう、自分の武器はどこだろうって。だから、M字開脚という肩書きが見つかったときは、すごくうれしかったですね。他の誰もやっていなかったし、事務所によっては禁止ポーズだったりもするので。

――そもそも、なぜ「M字クイーン」として活動しようと思ったんですか?

紅羽 実は、ネタ切れがきっかけなんです。グラビアアイドルって、大体毎日1枚はSNSに写真をあげて「おはよう」とか一言添えて投稿するんですけど、ある時、まともな写真の在庫がデータフォルダから本当になくなってしまって。

――それでM字の写真を?

紅羽 はい。ファンの方が撮影会で撮ってくれた写真の中に、M字開脚のポーズがあったんです。それまではなんとなく「載せちゃまずい」と思って使ってなかったんですけど、もう背に腹は代えられなくて「えいや!」で載せたらすごく数字がよかったんです。それに味をしめた、というのが正直なところです(笑)。


――まさかそんな経緯があったとは。今では誰にも真似できない紅羽さんの武器ですが、あのきれいなM字開脚を維持するコツはあるんですか?

紅羽 体幹、ですかね。実は、学生時代に6年間ソフトボール部でキャッチャーをやってたんですよ。

――まさかそんなルーツがあったとは……。

紅羽 実は(笑)。中高6年間やっていたので、あの体勢がもう癖になっちゃって。撮影会でファンの方に「M字開脚はきついから3枚くらいでいいよ」って気を遣われるんですけど、むしろ立っているよりも楽なんです。「もっと撮っていいよ」って感じです(笑)。低いテーブルでご飯を食べるときは、無意識にM字みたいな体勢になっちゃってることがあるくらいです。

▽紅羽 祐美(くれは ゆみ)
1992年9月29日生まれ、山形県出身。身長163センチ、B86・W56・H80のプロポーションと透き通るような白肌、SNSでM字開脚写真を投稿してバズったことから「日本で1番色白なグラドル」「令和のM字クイーン」のキャッチコピーで活動するグラビアアイドル。「第4回ミス週刊実話WJガールオーディション」特別賞を受賞するなどキャリアを重ね、2023年には1st写真集『危険美』(サイゾー)を刊行。
2025年11月には2nd写真集『再会』(竹書房)で初めてフルヌードに挑戦。大胆な表現にも挑みつつ、ジム通いとサウナ、アサイーボウル巡りを楽しむアクティブな一面もあわせ持つ。

【後編】「令和のM字クイーン」紅羽祐美、2nd写真集の心境「グラビアの終活を考えていた」
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