令和に入り、昭和の社会では笑って許されてきた不適切な言動は取り締まられ、多くの人たちが気分よく生きられる社会になった……はずだった。しかし現実には、どこか居心地の悪さや閉塞感を覚えてしまう人も少なくない。
そうした中、大人世代が懐かしさを感じる昭和を舞台にした作品が次々と放送されている。なぜ、私たちは昭和を舞台にした作品に心惹かれるのだろうか。

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コンプラの厳しさに辟易する中、昭和の喧騒が心地よい

◆『不適切にもほどがある!』
2024年冬に放送され、今年1月にスペシャル版が放送された『不適切にもほどがある!』(TBS系)はファンが多い人気作だ。主人公の小川市郎(阿部サダヲ)が1986年から2024年にタイムスリップし、令和の常識と自分の常識のギャップにおどろきながらも、令和の常識を昭和マインドでぶった斬る。

作中で示されていたように、現代では世代を一括りにする発言は、たとえ肯定的な意味であっても「エイジハラスメント」になりかねないタブーだ。また、「頑張れ!」という励ましでさえ、相手にプレッシャーを与えるとして避けられる場合もある。

さらに、働き方改革が進んだことで、労働環境は改善されたように見えるが、事はそう簡単ではない。犬島渚(仲里依紗)が若い従業員を定時で帰宅させ、自分一人で仕事を抱え込んでいたように、実社会でも責任感の強い人や優しい人が見えない負担を背負っていることは珍しくない。

そうした背景があるからこそ、阿部サダヲ演じる市郎の、

「昭和、昭和ってまるで昭和が悪みたいに言うけどさ。少なくとも景気は今よりよかったぜ」

「期待して期待に応えてさ、叱られて励まされて頑張って、そうやって関わり合って強くなるのが人間じゃねえの?」

といった言葉に、大きく頷いた視聴者も多いと思う。

また、小泉今日子のポスターや、小川純子(河合優実)の聖子ちゃんカットなど、随所に昭和カルチャーが盛り込まれており、懐かしい時代の情景が視聴者の胸にじんわり染み込む演出が印象的だった。

◆『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』
2025年秋に放送された『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(フジテレビ系)も昭和を舞台にした作品だ。
1980年代の渋谷のけばけばしいネオンが煌めき、派手な色合いの家電やキッチン用品など、画面全体に昭和レトロがあふれている。

物語は久部三成(菅田将暉)を中心に展開。理想の舞台を作るために奮闘する姿には、思わず「若者よ、頑張れ!」と叫びたくなった。

近年は「若者の間で極小物件がブーム」と報じられ、経済的困窮と結びつけて語られることが多いが、昭和にも、若手お笑い芸人・コントオブキングスや大きな夢に向かって頑張る光成の住まいのような狭小アパートはいくらでもあった。格安家賃の部屋で夢を追いかけ、奮闘する若者たちは少なくなかったのだ。

本作の舞台はバブル景気前で、若者全体の生活水準は今よりも低かったかもしれないが、社会は明るく、活気があり、自分の未来に自身を持ちやすい時代だったと思う。

今期は『ラムネモンキー』で少年時代にタイムスリップ
そして現在、反町隆史大森南朋津田健次郎がトリプル主演を務める『ラムネモンキー』(フジテレビ系)が放送中だ。吉井雄太(反町)、藤巻肇(大森)、菊原紀介(津田)の50代の‟いま”と、中学時代(1988年)の回想シーンが交錯しながら描かれる。

物語は、雄太、肇、紀介の前に突然UFOが現れ、部活の顧問だった宮下未散(木竜麻生)が宙に浮き、そのままUFOに吸い上げられていく衝撃的なシーンから幕を開けた。少年漫画のような演出に、視聴者は胸の奥に眠っていた‟少年の心”が掻き立てられた。

年齢を重ねると、肇のように夢と才能の限界に気付いたり、後輩から腫れもの扱いされたりと、10代の頃は想像もしなかった現実に直面することもある。そんな中、中学時代の同級生との再会は、自身の人生を考え直すきっかけになることもあろう。


また、雄太たちが、「いいかどうか分からないけど、(1980年代は)清濁を併せのんでいた」「今は何もかも綺麗になったが、エネルギーはなくなったな」と語り合う場面は、多くの視聴者の実感とも重なったはずだ。私たちは無意識のうちに、あの頃の荒々しさの中にあった溢れんばかりのエネルギーを、今の時代に求めているのかもしれない。

人間社会には“濁”も必要
令和の社会はマナー意識が高く、大っぴらに不適切発言をする人は減った。にもかかわらず、心療内科の予約が取れないほど心の不調を抱える人は多く、一人あたりの経済力も低下するばかりだ。

電車でうっかり足を広げて座ったり、部下に厳しい口調で注意したりすると、その姿をスマートフォンで撮影され、SNS上で有名人になってしまう恐ろしさもある。

だからこそ、昭和の陽気なノリを画面から感じたり、今の社会への違和感を代弁するような台詞に触れると、どこかホッとするし、デオドラントすぎる社会は少し生きづらい、と感じてしまうのだ。

「隣の芝生は青く見える」というが、私たちはどの時代に生きていても、別の時代を羨み、「昔はよかった」と回顧したりするのだろう。

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