病気がちの妹がいる「きょうだい児」の手塚ナミが、妹の世話を優先する親に不満を抱き、次第に家族と距離を置くようになるが、成長して保健師となり、自身の経験を発信することで自らの居場所を見つけていく。そんな「きょうだい児」の姿をリアルに描いたコミック『きょうだい、だけどいや ケアをさせられたきょうだい児だった、けど』。
現役の看護師であり、自身も病気のきょうだいや親との関係に悩んだ経験を持つ著者ののまり氏に、執筆のきっかけや、きょうだい児の現状などを聞いた。(前後編の後編)

【画像】『きょうだい、だけどいや ケアをさせられたきょうだい児だった、けど』第1話・第2話を読む【25点】

――主人公・手塚ナミの妹ミサは小さい頃に小児喘息で入退院を繰り返し、10代の頃に精神疾患を発症しますが、短大卒業後に地元の会社に就職。マッチングアプリで知り合った相手と結婚し、傍から見ると順風満帆な人生を歩んでいます。

のまり きょうだい児と聞くと、一般的に浸透しているのは重症心身障害児者や知的障害児のきょうだいを持つ人のイメージだと思うんです。でも私が精神科訪問看護で見たのは、精神障害があって、それなりに社会と関わることもできる、本人が意思決定できるというきょうだいを持つ人も多くいました。もしかしたら世間から求められる「きょうだい児がテーマの作品」とは違うかもしれないけど、こういうケースもあるのかと考えてもらえる一助になればいいなという思いがありました。

――『きょうだい、だけどいや ケアをさせられたきょうだい児だった、けど』の連載はどういう経緯で始まったんですか。

のまり 2023年のコミティアで、竹書房さんの出張編集部に持ち込みをしたのがきっかけです。その作品は全く違うテーマだったのですが、担当編集の方と連載のお話をする中で、私から「きょうだい児をテーマにした作品を描きたいです」と提案させていただきました。昨年、児童相談所を舞台にした月9ドラマ『明日はもっと、いい日になる』(フジテレビ系)では、きょうだい児をテーマに扱った回が放映され、家族が対話を通して和解していくという内容でした。だけど現実で、それが難しい家族の存在については…?と少し違和感を感じてしまったので、実体験をベースに周囲の人たちのケースも交えたフィクションで描こうと思いました。

――ナミもそうですが、きょうだい児は父親よりも母親と衝突するケースが多いのですか。


のまり 私自身もそうですが、周りの人たちも「母親との関係がきつかった」というのが共通しています。振り返ってみると、その当時の母親たちはネットで情報を探すこともできない時代だったから、どうすればいいのか分からなかったと思うんです。ただ、母親が悪いということではなくて、どうしても子育ての大変な面を母親が多く担わなければいけなかった等の背景も同時にあると思います。

――父親は傍観者的な立ち位置になるという側面もあるのでしょうか。

のまり 私や友人・知人のケースで言うと、共通していたのは父親がお堅い仕事に就いていたということです。あまり家の中で起きていることを外に出せないというか。今でこそ父親の育児参加は当たり前ですけど、昭和・平成はまだまだそういう時代ではなかったと思うので。

――訪問看護で出会った病気や障害がある人のきょうだいの母親は、どういう傾向がありましたか。

のまり 子育ての大変さが母親に偏ってしまいがちになっていることもあってか、世界が家の中と子どもだけという印象を受けました。作品にするにあたって、決して悪意ではなく、親から強いられたことに親側も子供側も気づかないゆえの怖さみたいなものを残したいと思いました。

――なかなか第三者が、「間違っています」とは言えないですしね。

のまり 以前、田房永子さんが母親との葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』が話題になりましたが、あのケースも本が出なければ、「ちょっと面白いお母さん」で終わっていたと思うんです。
母親自身の強い不安に子供も巻き込んでしまう母親は、昔からいたのだと思います。今も自分が子供に強いていることを気づかないままの母親はいるのではないでしょうか。

――きょうだい児は自立してから、自身の境遇に気づいていくのでしょうか。

のまり 気づくか、親と共依存になるかでしょうか。ナミと違って、ずっと家に残ってしまうきょうだい児もいます。私が見てきた中だと、共依存に陥らない人は「これがしたい!」という気持ちが明確にあるタイプでした。家を出た周りの友人知人は、やりたい仕事に就いています。

――一緒に暮らしながら、親に反抗するきょうだい児もいるんですか。

のまり いますが、それで関係性が改善するとも限らないです。母親が子どもに暴力を振るう家庭もあったんですが、ただただ憎いわけではなく、「かわいい」という感情と「この子のここが嫌だ」という感情の両方を持っているんです。それは子どもも同じで、逆に子どもが母親に暴力を振るう家庭もあったんですが、「お母さんがいなくなったら嫌だ」という気持ちもあるんです。実際にお母さんが亡くなって大混乱した家庭もあります。


――訪問看護先で、家庭内暴力に直面することもあるんですか。

のまり 現場を見たことはないですが、殴られた跡らしきものがあるというケースは何度かありました。そういう場合は上司や同僚と情報共有して対処方法を考えますし、子どもが被害者の場合も同様に情報共有や、相談機関との連携が必要になってきます。  

――きょうだい児が大人になって、共依存に陥った親子の場合、家庭内暴力が起きたらどう対処することが多いんですか。

のまり 世帯分離をして生活保護を受けるケースもありますし、子どもに一人暮らしをしてもらうなど、離れて暮らしてもらう提案をすることもあるのですが、納得してもらうのは大変でした。

――作品ではミサの視点から描かれたエピソードがあるのも印象的でした。

のまり ミサ側の視点を入れるのは担当編集の方の提案だったのですが、結果的に良かったです。どうしても、こういうテーマは一方が被害的に描かれやすい面があるので。実際、訪問看護に行くと、一方の意見だけで、どちらかが悪いと決めつけると成立しない現場が多々あります。それぞれの意見に耳を傾けて、出来事と背景と感情を一旦切り離して考えるのが一番いい方法だと思っています。

――家族それぞれに話を聞くということでしょうか。

のまり そうです。
一方の話だけだと、「変だな……」という違和感が生まれることがあって。そういう時に家族や関わっている人たちの話も聞くのは大事です。そういう場合は本人のいないところや電話で、もう一方の意見を聞くこともありました。みなさんアドバイスが欲しいというよりも、自分の話を聞いてもらいたいという人がほとんどなんです。良かれと思って意見を言っても、それが「もううちには来ないでください」のきっかけになる可能性もあるので。

――聞く力が必要なんですね。

のまり ある看護師さんが、仕事に就いていない人に対して、「そろそろ仕事を探したらいいんじゃない」と言ったことが引き金になって、「もう来ないでください」と言われたケースもありました。

――あまり家庭に干渉しない、父親と話すこともありましたか。

のまり ありました。何も家族のことが分かってないなと思うこともあって。分かっていないのに、「ああしてほしい。こうしてほしい」という要求は言ってくることもあって大変でした。
ひどいケースでは、自分は何もしないのに生活保護費を横領する家庭もありました。

――ナミは家族と距離を取ることで、自分の居場所を見つけていきます。

のまり 仕事や結婚などをきっかけに家族との関係に踏ん切りをつける人もたり、自立したら、ある程度は諦めがつきます。どこかで子どもは親に好きになってもらいたい、仲良くしたいという気持ちを持っています。ただ私の周りでは、大人になったからといって、親とのわだかまりがなくなったという人は少ないです。一切の連絡を絶って、「親が死んだら連絡が来るかもしれない」という友達もいました。

『きょうだい、だけどいや ケアをさせられたきょうだい児だった、けど』は好評発売中

著者:のまり
出版社:竹書房

X:https://x.com/nmr_psco

【前編】現役看護師が漫画に託した現場の声 のまりが語る精神科訪問看護と“きょうだい児”の見えない苦しみ
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