「クリスマスも誕生日も祝ってもらったことがない」と語るのは、幼少期を宗教2世として過ごした、人気インフルエンサーのまりてんだ。様々な制約の下で生活をしていたが、大学生になり環境が変わったことを機に生活は一変し、ついには夜の世界へ。
その変化の背景には一体何があったのか、彼女の半生に迫った(前後編の前編)。

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――幼少期は、かなり特殊な環境で育ったそうですね。

まりてん はい、両親が入信したのが私が10歳くらいの頃で、高校を卒業して一人暮らしを始めるまでは、がっつりその環境の中にいました。当時はオウム真理教の事件があった直後くらいで、テレビでも「宗教」っていうフレーズがネガティブに使われることが多くて、自分がそういう環境にいることを誰にも話せないのがしんどかったですね。

――具体的には、どのような生活だったのでしょうか?

まりてん まず、クリスマスや誕生日を祝ってもらったことがありません。運動会も「紅白で戦う」ということが宗教としてNGなので、出たことがないです。男女交際も当然、禁止。驚かれるんですけど、明確に「一人エッチも禁止」って冊子に書かれていました(笑)。

――かなり厳しいですね。

まりてん それ以外にも、キャラクター物も「神の創造物以外のもの」だからダメで、ポケモンも禁止でした。だから、当時は見られるアニメやドラマがほとんどなかったですね。魔法を使ってもダメ、戦ってもダメ、恋愛もダメなので。
修学旅行でも、京都・奈良に行ったんですが神社仏閣は回れないから、みんなが見学している間はバスで待機でした。週に2、3回は集会に行かなければなりません。その集会以外のコミュニティの人と深く仲良くすることも推奨されていなかったので、友だちとのお泊まり会にも参加できませんでした。

――その環境は、まりてんさんの人格形成にどう影響したと思いますか?

まりてん 今振り返って思うのは、「人よりも富を持ってはならない」「勝とうとするな」という教えがベースにあることですね。ふとしたとき、お金に対してグイっといけなかったり、風俗業界で「稼ごう!」っていうマインドが他の子とズレていたりする部分に、子どもの頃の考えが染みついているなと感じることがあります。

――逆に、その経験があったからこそよかったと思う面はありますか?

まりてん あまりイラっとしない、人に対して怒ることがないことですかね。「怒りは敵だ、収まるのを待て」という教育だったので、人とバチバチして後悔するようなことは少ないかもしれません。

――その抑圧された環境から、どのようにして現在の活動へと繋がっていくのでしょうか。

まりてん ひと言で言うと、弾けすぎたんです(笑)。高校卒業まで実家にいて、大学進学を機に一人暮らしを始めて。親元を離れてお酒が飲めるようになってから、どんどん弾けていきました。

――大学時代は「逆ナンパ師」だったとか。


まりてん はい(笑)。もう、すごかったです。当時、多い日は1日に3人の男性と会っていました。道で男性に声をかけたり、もともと連絡先を知っている人に連絡をしたりして、お金をもらうわけでもなく、ただただ遊んでいました。通っていた大学が美術系で男子が少なかったので、早々に街へ繰り出していましたね。

――そこから風俗の世界に入ったきっかけは何だったんですか?

まりてん 先に風俗で働き始めていた女友だちに「そんなに遊んでいるなら仕事にした方がいいじゃん」と言われたんです。それで「確かに!」と思って始めました。もちろん、最初は怖さがありましたけど、大学が静岡で実家は愛知、そして大学4年の時点で東京での就職が決まっていたので「今だけなら」「静岡からはいなくなるし」という、ちょっと社会見学的なノリもありました。

――初めて働いたお店はどんなところでしたか?

まりてん 静岡の出張店だったんですが、待機所もなくて、車の中で待つような形だったので、今思うとかなりヤバいお店だったと思います。新人なので講習があるんですけど、スタッフさんと一緒にホテルに入ってお酒を飲んでそのまま泊まっていったこともありますし、それにその人は背中にビッチリ刺青が入っているような人だったので「あ、やばいとこ来ちゃった」って(笑)。

――そうした環境で、お仕事自体に抵抗はなかったんでしょうか。お客さんは選べないわけですし。


まりてん 最初は嫌な人が来るのかなって不安だったんですが、お店側が配慮してくれたみたいで、最初の2日間はすごくいいお客さんばかりだったんです。お客さんが「これはこうやってやるんだよ」って教えてくれたりもしました。「こんないい人たちばっかりなんだ」と思えたから、続けられたのかもしれません。

▽まりてん
1990年10月30日生まれ。愛知県出身。宗教2世として幼少期を過ごす。大学に入学し一人暮らししたことを機に異性交友が増え、2013年に風俗デビュー。上京後は約3年半会社員として過ごし、2016年に風俗店を立ち上げた。同店は情報サイトでランキング1位になるまで成長。2019年に体調を崩し一時入院するも2020年に復帰。ナイトワーカーをする傍ら、YouTubeチャンネル『ホンクレチャンネル(ホンクレch~本指になってくれますか?~)』を開設。2025年7月いっぱいで風俗業を引退した。


【後編】年商2.5億円の頂点から引退へ――まりてんが客との関係を続ける理由「死ぬときに、私がそこにいればいい」
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