補給が途絶えれば、食べるものは自分たちで確保するしかない。ジャングルではリスやトカゲ、猫、時にはミミズまで口にしたという元傭兵・高部正樹氏。
戦場の食事は、楽しみではなく「生き延びるための戦い」だった。アフガニスタン、ミャンマー、ボスニアを転戦した男が語る、極限状態の食と身体のリアル。

【画像】『日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし』第1話・第2話を読む【17点】

約20年間にわたり傭兵として、アフガニスタン、ミャンマー、ボスニア・ヘルツェゴビナと転戦しましたが、戦場によって食べるものは違いました。基本的にキャンプにいる時は軍が用意したものでしたが、たとえばミャンマーではジャングルで戦うことが多かったので、1、2カ月の作戦期間となると、とても前線にたくさんの食料を持っていけない。だから食料は現地調達でした。

ジャングルに行くと、長い時は2カ月以上戻れません。最初に持っていった食料は1週間から10日で尽きてしまいます。

ミャンマーの時に用意していったのは、まず生米。現地はお米が主食だし、私たちのようなアジア人はもちろん、ヨーロッパ人もお米を食べます。お米が一番持ち運びも楽で、保存性もある。布袋みたいなものを作って、それにお米を入れて棒状にしたものを首にかけて、みんなで持っていくんです。リュックのスペースも取りませんしね。


コーヒー缶くらいの大きさのイワシのトマト煮の缶詰、タイ製の即席ラーメンなどを持って行くこともありました。

現地調達となると、ミャンマーが一番多彩でした。カブトムシやカナブンなどの甲虫から、トカゲ、ネズミ、ヘビ、猫、サル、熊、鹿など、行軍中に獲れるものは何でも獲りました。みんな標準装備の銃を持っているのですが、小動物を獲るのに使うと、吹っ飛んで肉がなくなっちゃうんです。だから小動物狩り用に、.22口径のちっちゃなライフルを一丁持って行くんです。人間に撃っても、急所に当たらないとほとんど効かないおもちゃのような銃で、それに金属の筒のサプレッサーで消音して、小動物を獲っていました。

動物を狩るのは、その時に獲物を見つけた人です。ただ簡単には弾が当たらない。だから22口径の銃を扱い慣れている人を呼びます。カレン兵は山の民なので、射撃が上手なんですよ。パチンコ(スリングショット)も持ち歩いているんですが、私たちは正確に当たらないのに、カレン兵はインコくらいの大きさでも確実に当てますからね。あとは竹を使った罠を作って、猫などを獲っていました。


ジビエで一番美味しかったのはリスですね。ただ可食部が少なくて、腿の付け根にある筋肉と、あばら骨をしゃぶるくらい。意外と後ろ脚も大きくはないんです。リスに関しては印象深いことがあって、大晦日に山で野営していた時のことです。カレン兵がコソコソと出て行って、暗くなる頃に戻ってきて、「日本にいたら正月はご馳走を食べるんだろう」とリスを獲ってきてくれたんですよ。それを焼いてくれたんですが、この時部隊全部で十数人いたんです。僕らだけ食べるわけにいかないから、みんなで一匹のリスを分け合って。一口でしたが、良い思い出です。

調理法は基本的に塩をまぶして焼くんですが、他にもカレー粉のようなミックススパイスを持ち込んでいたので、それを重宝していました。カレー粉は臭みも取るので万能なんですよね。あとカレン兵は味の素が大好きで、ごはんにもかけていました。

猫を食べる時も、料理担当のカレン兵にカレー粉で調理してもらいました。
そのままだと猫は臭くて美味しくないんですよ。猫を抱いている時に感じる臭いというか、咀嚼している時に猫の臭いを感じるんです。カレン兵は塩焼きで食べていましたけどね。やっぱり彼らは慣れているんですよ。私たちは血抜きをしていないジビエの肉なんて臭くて食べられないんですけど、平気な顔して食べていました。生まれた環境でしょうね。

一番まずかったのは、ミミズの入ったスープです。泥の味というか、二度と食べたくない……。さすがにカレン兵も美味しいと感じて食べている人はいなかったと思います。なぜミミズを食べることになったかというと、キャンプを包囲されて補給が完全に途絶えて、1ヶ月ぐらい食べるものがありませんでした。いわば苦肉の策です。

魚も食べますが、ジャングルでは、よほど大きな河じゃないと大きい魚は獲れません。
小魚の場合は塩漬けにして、液体を発酵させてナンプラーみたいな、日本でいう魚醤を作ります。その後に残るペースト状のものは、唐辛子を混ぜて、ご飯にのせて食べていました。腐った臭いがするので、発酵食品に慣れている日本人でもきついのですが、なんとか食べられる。ただ、ヨーロッパ人は臭いだけでダメでした。彼らはウスターソースを持っていて、ご飯にかけて食べていました。アジア人のほうが、食に関しては許容範囲が広かったですね。

食あたりに関しては、しばらくすると慣れるのですが、日本に帰ってきて、半月くらい滞在して、また戻ると、やっぱりおなかを壊します。リセットされちゃうんですよね。また慣れるまで4、5日かかる。その繰り返しでした。

水はジャングルだと小さい川がありますし、植物の露などから取ることもあります。現地の人は生水のまま飲むのですが、日本人が生水を飲んだら赤痢にかかって、バタバタ倒れました。
同じ生水なのに現地の人たちは平気なんです。

赤痢は、タイでは日本のように隔離する病気ではなくて、薬局に薬が売っていて、赤痢になったら、その薬を飲むんです。数日は苦しみますけどね。赤痢にかかると、用を足しても、5分も歩いたら便意が襲いかかるので、前線だととんでもないことになります。だから私は基本的に沢の水を沸かして飲んでいました。それができない時は浄水錠剤というのがあって、水筒の中に生水と錠剤を1~2粒入れていました。

戦場での食事、それは生き延びるための戦いでもありました。

【あわせて読む】傭兵の報酬は“1作戦8000円”元傭兵・高部正樹が明かす「命と金」の現実
編集部おすすめ