ドラマが終わった。途中「ミラノ・コルティナ冬季オリンピック」の中継で、放送時間変更が相次いだ影響もあり、全体的にややテンションが高まらなかった模様だった。
これはドラマオタクの私個人に至る話だけではなく、エンタメ業界の界隈でもなんとなく「今季はどうも夢中になる作品がないのでは」と意見をチラホラ聞いた。まあ、こんなクールだってある。ぜんぶがパーフェクトに面白いわけではない。もしゴールデンタイムから深夜、朝まで放送される作品すべてが魅力的で、自分の趣味嗜好にドンズバだったら興に乗りすぎて、日常生活を送れなくなってしまう。何事もバランスだ。

【関連写真】『冬のなんかさ、春のなんかね』で主演を務めた杉咲花

ただそんな最中でも翌週の放送が楽しみになる作品はあった。今回は、冬ドラマ内で面白かった3作品を厳選した。春ドラマがスタートするまでの間、ふたたびあの感動をもう一度サブスクで見直してみては?

第3位
『ラムネモンキー』
反町隆史大森南朋津田健次郎/FOD、Netflix

中学生時代に映画を自主制作していた吉井雄太/ユン(反町)、藤巻肇/チェン(大森)、菊原紀介/キンポー(津田)。当時自分たちの活動を応援してくれていた教師、通称・マチルダこと宮下未散(木竜麻生)が亡くなったことを偶然知る3人。死の原因を追及するため“おじさん”になった3人が動き出す。

“中二病”と呼ばれる俗語のようなものがあるけれど、これは何歳になっても空想に浸る成人を示唆する言葉だと解釈している。時に軽―い嫌味であり、ギャグであり、いくつかの意味合いを持つ。
このドラマは中二病を具現化したような作品だった。再会した3人はどこか人生に行き詰まっていたところから、始まる。ユンは大手商社に勤務していたけれど贈賄の容疑をかけられて、逮捕されたばかり。チェンは映画監督の仕事がない。キンポーは同居する母の世話と、経営する理髪店の営業で精一杯。

改めて50代とは難しい時期だと思う。誰かと比べるような時期でもないし、胸を張れるような生き方もしていないとどこかで思いこみ、体力も減っていく。一方で親の介護と子どもの世話も、自分が明日生きていくための現実も折り重なってきて、切ない。そんな背景を抱えたおじさんたちが中2の記憶を辿っていくことで、自分の可能性に気づいていくのだ。特に大森南朋のどこか突っ張った演技がとてもよく、第3話でかつて体罰を受けていた体育教師の元へ会いにいく病院のシーンは泣けた。この良さは映像で確かめてほしい。

またベストタイミングのエンディングで流れてくる主題歌、Bialystocksの『Everyday』が中年の悲哀を後押ししていて、脳内に心地良く響いていた。
1990年代と比べると、ドラマ主題歌の意義が問われる昨今ではあるけれど、これは当たり。そして古沢良太の脚本は、やはり間違いなかった。拍手。

第2位
『パンチドランク・ウーマン −脱獄まであと××日』
篠原涼子、ジェシー(SixTONES)、藤木直人/Hulu

拘置所に勤務する刑務官・冬木こずえ(篠原)には、母親からも、愛した人からも捨てられた悲しい過去がある。常に自分の本音は隠して、公序良俗に反せず生きていく。そう決めていたはずなのに、収容者の日下怜治(ジェシー)に忘れていた恋愛感情を覚えてしまう。実は怜治が無実の罪を着せられていたと知り、彼を刑務所から逃亡させようとする。

年下男性と年上女性のラブストーリーは大好物なので、初回から胸を高鳴らせながら観ていた。が、あまりにもこずえがお固い雰囲気で、なかなか恋愛に踏み込んでいかず、やや冷め気味。が、が、中盤で怜治からこずえへのバックハグが登場した時点でドラマ熱、着火。物語は以前アメリカで実際に起こった事件をモチーフにして作られているらしい。何にも期待をせずに生きてきた中年女性が、何もかも失ってでも愛する人の力になろうとする様子にまた心が震える感覚を覚えた。
つい昨日まで自分を律して生きてきたはずなのに、怜治のためなら犯罪も辞さない。女の覚悟は怖い。

演じている篠原涼子も実はすごいのだ。30代で『anego』(日本テレビ系・2005年)にて、赤西仁と10歳差、40代で『ラスト♡シンデレラ』(フジテレビ系・2013年)にて三浦春馬と15歳差、『金魚妻』(Netflix・2022年)では8歳差……と数多くの年齢差のあるヒロインを務めた。そして50代で『パンチドランク・ウーマン』で12歳差と、歳の差恋愛ドラマヒロインのトップに君臨している。ちなみに年齢差は役柄に準じているので、実年齢はもっと大きいパターンも。彼女はおばさんたちの星だ。

第1位
『冬のなんかさ、春のなんかね』
杉咲花、成田凌岡山天音/Hulu、Netflix

古着屋でアルバイトをしながら、小説を執筆している土田文菜(杉咲)は、誰かを好きになる意味が分からなくなっていた。交際をしている美容師の佐伯ゆきお(成田)は優しくて、恋人として申し分はない。なのに自分に好意を持っている早瀬小太郎(岡山)を夜中に呼び出したり、元彼と会ったり、ラブホテルに行ったりを繰り返す。

これは杉咲花の存在の凄味を存分に味わえるドラマであり、今の日本では彼女以外の俳優では成立しなかったのではないかと推測する。なぜか。
その理由のひとつとして、ドラマでありながら映画のような会話劇が放送中に続いていたのがある。通常の民放ドラマよりもグッとシーンが少なく設定されていたし、そのぶんセリフ量も多いはず。しかも文菜の登場シーンはほぼ何かを食べていた。セリフも鑑みながら、食べる手を止めない演技は難しいと聞いたことがある。でも演じていた杉咲は完璧だったし、深夜に食指を動かされて困った。

セリフの発し方もどこからがアドリブなのか、分からない自然さ。その中にも文菜の意志を感じ取られる熱量があった。そして文菜を囲むゆきおや、小太郎、元彼の佃武(細田佳央太)らの“生々しさ”が相まっていた。現代のドラマで求められる解像度の高さだろうか。

恋人がいながら他の男と会う文菜の様子に賛否両論はあったけれど、個人的にはうらやましかった。そもそも結婚していないのだから、浮気だろうがなんだろうが、誰かに咎められることはない。あくまで当人同士の問題だと思う。
良かったのは文菜が恋愛に翻弄されていなかった様子だ。大胆な行動をとるように見えても、どこか冷めている。そんな文菜が恋愛至上主義で、恋人に振り回されて生きてきた身分としては、憧憬として映った。また10年後の彼女が見たい。

【あわせて読む】なぜ振られた?『冬のなんかさ、春のなんかね』文菜の“無自覚な言動”が招いたすれ違いを読む
編集部おすすめ