お笑い芸人として独自のポジションをキープするタブレット純。しかし、もともとは和田弘とマヒナスターズの一員としてデビューしたミュージシャンだ。
自身のルーツともいえるムードコーラスについて綴った書籍『タブレット純のムードコーラス聖地純礼』(山中企画)が、熱心な音楽ファンのみならず、当時を知らない世代からも注目されている。この世界の第一人者であるタブレット純をキャッチし、初心者でもわかるようにムードコーラスの魅力を解説してもらった。

【写真】ムードコーラスの語り部、タブレット純の撮り下ろしカット

「ムードコーラスというのは日本独自の音楽なんですけど、もともと洋楽のエッセンスが根底にあるんですよ。たとえば和田弘とマヒナスターズだったら、ハワイアンのバンドが歌謡曲を演奏したことで、ああいった独特のサウンドに進化した。実際、和田さんのペダルスチールの音色にはハワイアンの香りが残っていますよね。それから内山田洋とクールファイブも本格的なリズム&ブルースが土台にあるから、ああいう硬派なサウンドになったわけで。ほかにも向こうのジャズだったりポップスだったりと、それまでの邦楽にはない要素を新たに加えたことで誕生したジャンルなんです」(タブレット純・以下同)

ところで「ムード歌謡」と「ムードコーラス」の違いとは何か? タブレット純氏によると、ムードコーラスとは文字通りコーラスを重視した形態。したがって、ムード歌謡というジャンルの中にムードコーラスがあると捉えることができる。そしてムードコーラスは「バンドであることが非常に重要」なのだと力説する。

「あの当時って、まだバンドという概念が固まっていなかったんです。たとえばソロ歌手だったら、いわゆる箱バンみたいな人たちの伴奏がついていて、その演奏に乗せて歌うというのが主流。でも、ムードコーラスは最初から自分たちのバンドで音を固めていた。
だから細かい楽器のアレンジも面白いし、僕自身もバンド音楽として楽しんでいる部分が大きいんですね。コーラスも最高だけど、演奏も最高というのが特徴なので。楽器を演奏したりバンド経験者が聴いたら、今でもすごく新鮮に感じると思いますよ」

現在、徐々にではあるが若い人たちの間でムードコーラスが注目されつつある。今は新型コロナの影響で鎮静化しているものの、都心部のクラブでチルアウトする際にかかることもよくあるという。背景にはYouTubeやサブスクなどで昔の情報が得やすくなったことに加え、伝道師としてのタブレット純の功績が限りなく大きい。

「当時リアルタイムで頑張っていた方たちはほとんど現役を引退しちゃって、中には亡くなった方も結構いるんです。だからこそ、当事者の方に直接お会いして本にまとめたいというのは考えとしてありました。それで若い人たちが少しでも興味を持ってくれたら、これ以上ないくらいうれしいですよね。だけど一方で最近はマニア間でレコードの争奪戦も起こっていて、ちょっと前だったらリサイクルショップで100円で買えたような盤が高騰していたり……。そこは個人的には勘弁してほしいです(笑)」

音楽シーンは常に温故知新を繰り返しながら進化を続けてきた。GSに影響されてネオGSのムーブメントが起こったり、ロカビリーにインスパイアされたネオ・ロカビリーのバンドが結成されたりするのはほんの一例だ。こうなるとネオ・ムードコーラスのグループが現れてもおかしくなさそうだが……?

「GSほどには“自分たちで演奏してみよう!”という人たちが現れていないので、逆にそこは狙いどころかもしれませんね。
でも最近でいうと、やっぱり大きかったのは純烈の大ブレイクでしょう。彼らが死滅していく文化だったムードコーラスを救ってくれたことは間違いないし、その功績は限りなく大きいと思います。それからゴスペラーズも考えようによっては現代のムードコーラスと呼んでいいかもしれません」

ムードコーラス界のレジェンドたちと対談する『タブレット純のムードコーラス聖地純礼』では、信じられないような豪傑エピソードが次から次へと登場する。印税契約や楽曲クレジットのデタラメさ、事務所との大雑把すぎる関係、理不尽極まりないメンバー間の力関係……。

「何もかもハチャメチャですよね、はっきり言って(笑)。結局、ナベプロができるまでの日本の芸能界っていうのはヤクザが仕切っていたような世界なんですよ。だから荒っぽいことも平気でまかり通っていた。それじゃダメだということで芸能界のシステムが整備されて今に至るわけですけど、黎明期だからこその粗雑な感じが話を聞いているぶんには面白いなと。

中でも僕が耳を疑ったのは、日雇いの肉体労働者みたいに朝の東京駅前でバンドマンをピックアップしていたという一件。『今日はギターを弾く奴が足りない』とか、そんな感じで雑に集めていたんでしょうね。もちろんリハーサルなんてなかっただろうし、演奏する側は大変だったはずです」

魑魅魍魎の人間模様と、妖しくも美麗なハーモニー。戦後の騒乱期にナイトクラブやキャバレーを中心に花開いたムードコーラスは、令和の世にあっても変わらず輝きを放ち続ける。
その調べに耳を傾ければ、男女の機微や本物のダンディズムなど多くのことを私たちに教えてくれるはずだ。

「ムードコーラスを今から聴いてみたい!」という初心者に向けて、タブレット純先生が特別レコメンド! シチュエーション別にオススメの曲を教えてもらった。

【ロマンティックな気分に浸りたい夜】
和田弘とマヒナスターズ『回り道(今日は遅くなってもいいの)』……タイトル通り、家に帰りたくない恋人たちがグルグルと回り道をする歌詞。ギューッと胸が締めつけられるような切なさがありますよね。

【勉強・仕事のBGMに最適】
マヒナスターズ『有楽町で逢いましょう』……ムードコーラスってラウンジミュージックとして機能しているので、なにか作業をしているときのBGMとして流すのに適しているんです。この曲って実は歌詞も大して意味なんてないから、そこもBGMとしては最高(笑)

【落ち込んでいるので自分を鼓舞したい】
ザ・キングトーンズ『グッド・ナイト・ベイビー』……サビの部分で急にリズムが速くなってダイナミックに盛り上がるから、自然と聴いている人のテンションも上がるはず。バンドらしいサウンドが無条件にカッコいいです。

【寝る前にベッドで静かに流したい】
原みつるとエリートメン『ここは東京六本木』……ボサノヴァ風のサウンドが静かに優しく眠りへと誘ってくれます。寝るとき以外でも、リラックスしたいときにはお薦めの1曲ですね。

【パーティタイム! BBQで爆音を!】
ジョージ山下とドライ・ボーンズ『おさけ』……ファンキーなナンバー。ラテン風味のパーカッションと激しいギターで場が盛り上がること間違いなしです。歌詞もお酒のことを「きちがい水」と言ったりしているから、今じゃ絶対に放送できないと思う(笑)。


【後編はこちら】タブレット純がムードコーラスに魅せられた人生を語る「幼少期から変わり者だという自覚はあった」

(Profile)
たぶれっと・じゅん:1974年、神奈川県生まれ。幼少期からAMラジオを通じて古い歌謡曲やムードコーラス、GSなどに心酔。高校卒業後は古本屋や介護職の仕事をしていたが、27歳のときに和田弘とマヒナスターズのメンバーに。グループ解散後はソロ活動のかたわら、お笑いの世界にも進出。ムード歌謡漫談という新ジャンルを確立し、テレビやラジオなどでマルチに活躍している。最新シングルは『東京パラダイス』。

▽『タブレット純のムードコーラス聖地純礼』
出版社 : 山中企画
発売日 : 2020年10月21日
価格:2200円
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