新しい未来テレビ「ABEMA(アベマ)」は、「ABEMA NEWSチャンネル」にて厳選したエンタメ情報をお届けしているニュース番組『ABEMAエンタメ』を放送中。このたび、『ABEMAエンタメ』の新たな独自企画「Re:MAKE ~拝啓、あの頃の君へ~」が始動。
これは、出演者が人生のターニングポイントとなった過去の写真と向き合い、“あの頃の自分”へ言葉を贈るセルフドキュメント企画で、第1弾には元フィギュアスケーターの高橋成美が出演。幼少期から引退後の現在に至るまでの歩みと葛藤を赤裸々に語った。なお、この模様は「ABEMA」にて配信中。

3歳でフィギュアスケートを始め、9歳で国際大会に出場するなど将来を期待されていた高橋。しかし12歳の頃、同世代のトップ選手・浅田真央の演技を目の当たりにし、「将来、浅田真央ちゃんと一緒に戦っても絶対に勝てない」と初めての挫折を経験。それでも「スケートが大好きで、一生続けたい」と競技への熱意は冷めることはなく、当時父親の転勤にともない移り住んでいた中国でペア競技の道へ。異例となる中国人選手とのペアで結果を残した高橋だったが、好成績を残したことで「国としては教えられない」「国籍を変えないとライバルを育てることになる」と告げられることに。「国籍って何なんだろう」「昨日まで仲良かったみんなが無視するんだろう」と孤独を感じた当時の心境を涙ながらに振り返った。

その後、カナダでマーヴィン・トランとペアを結成し世界選手権銅メダルを獲得。さらなる高みを目指していた矢先、練習中にリフトから転落し、左肩関節の脱臼や右膝の損傷といった選手生命を脅かす大きな怪我を負う。「あの瞬間さえなければ……あの日、練習にさえ行かなければ……」と何度も自問した高橋は、「もうメダルも取ったし満足かな」「これ以上上達できないなら、申し訳ない」と一度はスケートから離れる決断をしたとか。

そんな中、日本スケート連盟からの打診を受け、新たにペアを組んだのがミラノ・コルティナ五輪のペアで金メダルを獲得した“りくりゅう”ペアの木原龍一。
「救世主が木原龍一」と振り返った高橋は、木原について「龍一とはジュニアの時から結構気が合った」と回顧。「周りに『ペアっぽいことやってみなよ。身長差もちょうど良いじゃん』と言われて、ふざけてやった時。『龍一めっちゃペア上手くない?すごいしっくりくるんだけど』と冗談混じりに言った言葉。あれは本当に心からの言葉」と、ジュニア時代のエピソードも明かした。

その後、木原とのペアでソチ五輪出場という夢を叶えるも翌年にペアを解消し、互いに別の道を歩むことに。そして迎えた平昌五輪の代表争いでは、元パートナーである木原と直接対決することに。高橋は「なんで龍一なの?」「龍一じゃなかったら勝てたかもしれないのに」「なんで、よりによって龍一が前に立ってるんだろう……そんな気持ちも湧きました」と当時の率直な思いを吐露。選考に敗れた後は「消えてしまいたいような虚無感に襲われた」と語り、引退を決意した心境を明かした。

引退後は解説者としてフィギュア界に関わる高橋。かつて自身が打ち立てた世界選手権の記録を、元パートナー・木原を含む“りくりゅう”ペアが更新した際には、「一生懸命解説してたけど……やっぱり悔しいなって」と複雑な感情だったことを明かす。「龍一じゃなかったら正直もっと喜べたのに」と葛藤しながらも、「そんな自分も嫌だな」と感じていたとも振り返り、その思いを乗り越えさせたのも“りくりゅう”の演技だったとか。
「“りくりゅうペア”はすごく、当時の自分の憧れのスケートをしていて。そこに単純に感動している自分がいて、気がついたら、元パートナーとか自分の実績とか、そういうのを通り越して、一緒に応援していこうっていう気持ちになっていた」と語った。

現在はタレント活動や解説、さらにJOC(日本オリンピック委員会)最年少理事としても活躍。「これも、これまでのみんな(過去の自分)のおかげ」と振り返り、未来の自分へ「今やっていることを全部怠けずに一生懸命やり尽くしてください」とメッセージを送った。過去の自分と向き合い、挫折や葛藤を乗り越えてきた高橋の姿は、「ABEMA」にて配信中。

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