愛用する腕時計を手がかりに"人生の時"を語ってもらうインタビュー連載『夢を刻む、芸人の時計』。テレビでおなじみのあの芸人は、どんな若手時代を過ごし、ブレイクの瞬間を迎え、どうやって未来を刻んでいくのだろうか? そのストーリーに迫る。
本稿で話を聞いたのは、お笑いコンビ 土佐兄弟の兄・卓也さん。東京都中央区出身で、WCS(お笑い養成所)18期生。2014年に弟のゆうきさんと土佐兄弟を結成。2019年に"高校生あるある"がTikTokで話題を呼びブレイクする。
社会人1年目のボーナスで買った「LUMINOX」
――まずは、人生で初めて購入した腕時計について教えてください。
小学生のときの「G-SHOCK」だと思いますね。でも親に「着けときなさい」と言われたから着けていた感じで、自分の所有物という意識はなかったです。
芸人としてデビューする前、就活時やサラリーマン時代は、親が持っていたカシオかセイコーかのシルバーの時計を着けていました。でも、とくに時計に興味があったわけではないので、着けなくていい日は全然着けていませんでした。保険会社で営業マンをしていたので、いま考えると着けておくべきだったと思うのですが。
で、初めて自分で初めて買ったのがこれ、LUMINOXですね。社会人1年目、23歳のときに購入しました。
雑誌かドラマかバラエティ番組で、長瀬智也さんがこの時計を着けていたのを見て「かっこいいな」と思ったのが購入のきっかけです。当時3万円か4万円ぐらいだったので、「これだったら買える」と思って。たしか、社会人1年目のボーナスで買ったような気がします。
ミリタリー系のデザインで、しかも色も黄色だったので、絶対に仕事では着けませんでした。こんなん着けてくる保険会社の営業から、保険買いたくないじゃないですか(笑)。
――LUMINOXを購入された当時の卓也さんはどんな状況にありましたか?
中学・高校と進学校に通って大学に行くのが当たり前で、大学に入ったら就職活動して企業に就職するという、そういう常識の中で生きてきました。
心の中ではたぶんお笑い芸人になりたかったんですけど、お笑い芸人になれるわけないと思いながら生きていて、23、24歳ぐらいのころは「本当にこれでいいのかな」とモヤモヤしながらも、仕事よりもプライベートを楽しもうと思っていたんです。
――そこからお笑いの道に進まれるわけですが、初めて舞台に立たれたときの感想や当時の心境を教えてください。
WCS(ワタナベコメディスクール)に入って、月に一度のSML(スクールマンスリーライブ)に初めて出たときが初舞台だと思うんですけど、緊張していたこと以外、覚えてないですね。
なんかもう、自分で言葉を発しているのに自分の身体じゃないみたいな、覚えているセリフを一言一句間違わないように必死で、弟(相方)も同じ感じだったので、ロボットのように話していました。やっぱり人って、そんなやつらの言ってることで笑わないんですよ。
――当時のネタをいま思い返してみると、どんな印象ですか?
そのときは「めっちゃ面白いネタ」と思ってやっていましたが、いま思うと「なんでそんなネタで舞台に立てたんだろう」と思います。実際、全然ウケなかったです。笑い声が一切なくて、空調の音がちゃんと聞こえましたもん。
「お笑い第七世代」ブームを超えて生まれた"あるある"ネタ
――これまで「時間が止まって欲しい」と感じた瞬間はありますか?
6年ぐらい前に"高校生あるある"ネタをしてから、すごく仕事が増えたときがありました。仕事量が前月の20倍ぐらいになって、1日に7、8件の仕事が入るような状況でした。そのペースでやっていたら一つひとつの仕事のクオリティが落ちるかもと思って、「マジで時間止まってくれ」と思いましたね。
そんなカツカツの状態で初めて明石家さんまさんに会ったんですが、できればこの仕事はもうちょっと準備や心づもりをしてからやりたかったです。
振り返ってみると「もっとこうしておけばよかったな」という後悔もありますが、ただ、それぐらい忙しい時間を過ごせたことは「できるんだ」という自信にも繋がりました。自信と後悔が半々ですね。その時間がなければいまの自分はないので。
――芸人をやめようか迷ったことはありましたか?
やめようとは思わなかったですが、しんどいと思ったことはありました。
でも僕らはそれより前に小栗旬さんのものまねとかでテレビに出たりしていたので、「第七世代」という括りにも入れてもらえなかったんです、新鮮さがないから。後輩ばかりが出ている番組の前説(番組収録前に観客を盛り上げる役割)をやっていたときはめちゃくちゃしんどかったです。「このまま後輩に抜かされて終わってしまうパターンかもな」と思いました。
――心が折れそうな出来事ですね。そこから這い上がるためにどんなことをされたのですか?
本当に腐りそうになったんですけど、楽屋で「自分たちでなにかできることはないか」を考えました。そこで思いついたのが"あるある"ネタです。収録と収録の間の時間や休憩中に動画を撮って、それをSNSに上げたらバズりました。兄弟で力を合わせて「俺らは俺らのペースでやろう」と言えたのは大きかったと思います。
――ブレイクネタの"高校生あるある"が誕生したきっかけを教えてください!
ある日、弟が制服のような衣装を見つけて、それを着て高校生みたいなテンションで僕に絡んできたんですよ。「文化祭のクラスの打ち上げ、どこどこのカラオケでいいよな~?」って。普通なら「うるっせー、お前なんだよそれ」と言うところですが、僕は「懐かしいな」と思って、「こういうネタができないかな」と言ったんです。
それで、「文化祭のクラスの打ち上げ場所を仕切りたがるやつ」という動画を撮って、Instagramに上げたらすごく再生されて、めっちゃ反響があったんですよ。「これはいいんじゃない!?」と思って、弟にいろいろなネタをその場で作ってもらって、それを毎日投稿し始めたら瞬く間にバズりました。
こんなにウケるとは思っていなかったのですが、僕が"懐かしい"って気持ちになってるってことは、結構みんななるんじゃないかな?……みたいな自信はありましたね。そこから仕事が増えていきました。SNSでバズったことでテレビの仕事も増え、テレビを見た人がまたSNSを見てくれるという好循環がありました。
オメガのシーマスターが人生のモチベーションに
――いまの卓也さんにとって腕時計とはどんな存在でしょうか。
「オメガ シーマスター」を約3年前に購入したんですけど、僕にとってはモチベーションになる存在ですね。
初めて買った高級時計なので、見るたびに「こういう時計をし続けられるようにがんばろう」とか、「こういう時計が似合う男であり続けなければ」と思います。いまでも似合っているかどうかは自己評価でしかないのですが、「これを常に着けていられるような人間であり続けたいと思う」、そんな存在ですね。
僕がこれを着けて自分で思うのは、「海が似合うシティボーイ」です。海沿い出身ではなく東京出身なんですが、海が似合う男でいたいという思いがあります。荒々しさと上品さを兼ね備えているというイメージです。
毎日欠かさず着けますし、子どもと公園に行くときも着けていくぐらい、肌身離さずって感じです。なんなら着けたまま砂遊びもします(笑)。
ただ、ネタをするときは着けていないです。この時計はあくまで自分自身がプライベートでファッションとして楽しむもの。衣装と釣り合わないというのももちろんありますし、仕事のときは基本的に着けていません。逆に「G-SHOCK」などを着けています。時計に目がいってしまうと、お客さんにとっては余計な要素になってしまいますからね。
――最近、"なによりも優先した時間"はありますか?
サウナです。唯一の趣味と言ってもいいぐらいのものなので、サウナに行く時間は絶対に設けています。
サウナというとリラックスしに行くと思われがちなんですが、実はネタを考える時間でもあるんですよ。最近アップしている"社会人あるある"のネタを考えるためにサウナに行って、10個思いつくまで出ないとか、そういうルールを作ってやっています。
仕事をちゃんとしながらも自分の趣味に充てられるという、時間効率を考えたら最適な場所ですし、それにプラスして気持ちいいというのももちろんあります。
あとはランニングですね。子どもを幼稚園に送ってから仕事に行くまでの間、必ず30分ぐらい走っています。以前はダラダラしていましたが、シーマスターを買ったぐらいから意識が高まって、生活をガラッと変えようと思ったのかもしれません。
――逆に最近、時間が足りないと感じた出来事はありますか?
正直、時間が足りないと思うことはそんなにないんです。僕は無駄な時間が好きじゃなくて、詰め込み詰め込みでやるので、これ以上時間があったら、逆に「なにすりゃいいんだよ!」と持て余す時間が生まれそうなので、いまの24時間がちょうどいいと思っています。
毎日を充実させておかないと嫌なんですよ。毎週必ず予定があって、休みになったら朝から晩まで家族でどこかに遊びに行くとか、なにかをしていないと落ち着かないんです。いまは家族も付き合ってくれていますが、娘がいま9歳なので、これから思春期になって「行かない」と言われたときにどうしようかと思っています(笑)
――いま一番大切な時間はどんなときですか?
かっこつけたいわけではないですが、本当に毎分毎秒大切だと思っています。しいて言うと、早めに家に帰れて、子どもが寝た後に奥さんとお酒を飲みながら「桃鉄(桃太郎電鉄)」をやっている時間ですね。
――いつか手に入れたい腕時計はありますか?
めちゃくちゃあります! ひとつは「IWC」ですね。このシーマスターとIWCで最後まで迷いました。
もうひとつは「チューダー」です。もし購入したら、それぞれシチュエーションに合わせて使い分けると思います。ダイバーズウォッチはこのシーマスターでいいです。時計は着けてなんぼだと思っているので、コレクションしたいとかはないです。
――今後、時計を買うタイミングはいつごろだと思いますか?
節目としては40歳の誕生日ですね。これも家族向けの話ですが、そういう節目とか、なにかいい理由をつけて買いたいです。35歳とか、芸歴20周年とか、そういうのが理由になると思います。
――大事にされている時計と、どんな時間をこれから刻みたいですか
35歳で「オメガ シーマスター」を買ったきっかけは、カンテレ(関西テレビ放送)のプロデューサーの人と話したことでした。僕が「時計に興味があるんですけど、買う勇気がない」と言ったら、そのプロデューサーが「35歳のときに生放送を初めて任されて、生放送は時間が大事だから、時間を意識しようと思って高級時計を買った」という話をしてくれたんです。
それを聞いて「そんなエピソードいいな」と思って、「時間って全然意識したことがないな」と気づきました。僕は35歳で、おそらく70歳まで働くとしたら、ちょうど折り返し地点です。残りの35年間をより特別に、時間や年月を意識して過ごしたいという理由で買ったんですよ。
これからの人生、初めて買ったこの時計を見ながら、より濃いものにしていきたいですね。