B to B(Business to Business)の世界では、やみくもに顧客開拓を進めても成果を出すのは難しいものです。狩りのときに、群れに適当に矢を放っても当たらないのと同じです。
セグメンテーションとは、自社製品やサービスを提供する市場にいる不特定の顧客について、その特性やニーズに応じて分類することです。そして、評価して狙いを定めます。このプロセスによって分けられた顧客の区分をセグメントと呼びます。セグメントは、営業が担当する顧客エリアであるテリトリーの基本になります。今回は、このセグメンテーションについて解説します。
セグメンテーションは単なるマーケティング手法ではなく、「誰に、何を、どのように提供するか」というビジネスの根幹を定める、重要な戦略プロセスです。プロセスですから、仕組み化するということです。これにより、限られたリソースを優先事項に最大限に活用し、顧客の多様なニーズに応え、持続的な成長を実現するための強固な基盤を築くことができるのです。これほど大事であるのに、普段クライアントと会話していると、セグメンテーションが甘かったり、まったくできていなかったりする状況を散見します。
攻めるセグメントと全くやらないセグメントを決めることも重要です。先日、幸運にも企業戦略で著名な楠木建先生の話を伺う機会がありました。
なぜB to Bでセグメンテーションが重要なのか?
B to Bビジネスにおいてセグメンテーションが不可欠な理由は、主に以下の3点に集約されます。
1. 効率的なリソース配分
B to C(Business to Consumer)とは異なり、B to Bでは個々の取引規模が大きく、取引先の数が限られる傾向があります。そのため、市場全体に一律のアプローチをしても、効果は薄く、無駄なコストが発生しやすくなります。
セグメンテーションを行うことで、自社の製品やサービスが最も響く企業群(セグメント)を特定し、そこに経営資源(人材、予算、時間など)を集中できます。この「Go To Market戦略」や「製品戦略」におけるリソース集中は、マーケティングや営業活動の効率を飛躍的に向上させ、ROI(Return on Investment:投資対効果)を最大化します。
2. 顧客ニーズへの的確な対応
B to Bの顧客(企業)は、それぞれ異なる課題や業界の慣習、購買プロセス、意思決定構造を持っています。例えば、製造業といっても、組立製造業とプロセス製造業ではニーズが大きく異なります。AI-OCRを導入する場合を考えると、受注生産中心の中小企業は注文が複雑なためデジタル化が遅れている一方、大手企業はシンプルでデジタル化が進んでいる、といった違いがあります。
セグメンテーションによって、こうした顧客の多様なニーズを深く理解し、それぞれのセグメントに合わせた独自の価値提案やメッセージを届けることができます。
3. データに基づいた戦略立案
セグメンテーションは、市場を分けるだけでなく、そのセグメントごとのデータを分析する機会を提供してくれます。これにより、どのセグメントが売上に貢献しているか、今後成長する可能性が高いかといったことを客観的に把握できます。勘や経験に頼るのではなく、データに基づいた精度の高い事業戦略を立てられるようになるのです。
セグメンテーションを基盤として、顧客ニーズに合わせたターゲットを明確化するSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)の構築にもつながります。まったく関係ないですが、プロレス好きの筆者は、プレスラーの蝶野正洋さんの必殺技STFを思い出します。
B to Bセグメンテーションの切り口
B to Bのセグメンテーションでは、主に以下の要素が用いられます。近年B to Bの領域では、特にファームグラフィック(企業属性)がよく使われます。一番わかりやすいですからね。
ファームグラフィックとは、会社の収益、従業員数などの規模、業種・副業種、本社所在地などです。業種・副業種は、日本標準産業分類やNAICS(North American Industry Classification System:北米産業分類システム)、SIC(Standard Industrial Classification:標準産業コード)といった産業コードを使って区分けします。NAICSとSICは体系がかなり近く、業務+副業種でコード体系ができています。
デモグラフィックは、顧客の役割・役職、性別、年齢層などによる分類です。サイコグラフィックは、役割からくる業務課題やどのようなメディアを見るか、どういった思考性かなどです。ジオグラフィックは地域性で、B to Bでは補完的に使われる機会が多いです。
これらの切り口を組み合わせることで、より精度の高いセグメンテーションが可能になります。例えば、AI-OCRのプロモーションでは、当初の「製造業全体」というセグメントを、「生産形態(受注生産 / 見込み生産)×企業規模」で分けることで、対応する書類が明確化され、より効果的なアプローチが可能になりました。
セグメンテーションの基本的な流れ
セグメンテーションを実行するには、まずは環境分析を行います。具体的には、次の3つの分析を実施します。
マクロ環境分析(STEEP / PEST分析):会社や業界を取り巻くマクロな環境を分析します。社会(Society)、テクノロジー(Technology)、環境(Environment)、経済(Economics)、政治(Politics)といった観点から市場を深く理解します。
業界環境分析(3C分析):顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の3つの視点から、業界の市場規模や成長性、顧客ニーズ、競合の特徴、自社の強み・弱みなどを詳細に分析します。
そして、分析に基づいてセグメントを洗い出します。
3C分析からKBF(Key Buying Factor)を導出:顧客プロファイルや事業環境を分析し、顧客が購買を決定する際に重視する要素を特定します。3C分析はかなり古典的な手法ですが、コンサルティングの仕事をしていると、いまだに有効であると感じます。SWOT分析もそうですね。
セグメントの評価とターゲットの決定
セグメンテーションで分類したセグメントは、以下の6つの「R」の視点で評価することが重要です。
・Realistic Scale (市場規模):有効な市場規模があるか。
・Rate of Growth (成長性):将来ビジネスチャンスが広がる可能性のある市場か。
・Rank (顧客の優先順位):優先度の高いセグメントか。
・Reach (到達可能性):選んだセグメントに対してサービスを届けられるか。
・Rival (競合状況):すでに競合が占めている市場ではないか。
・Response (反応の測定可能性):結果を測定できるか。
ただ、市場規模の評価はかなり難しいです。
ランチェスター戦略から見るセグメンテーション
セグメンテーションは、ランチェスター戦略における局地戦の考え方と密接に関わっています。最近、筆者はランチェスター戦略にハマっています。戦略を立てる基本がそこにあります。限られたリソースしかない弱者が、広域戦で圧倒的な強者(大手企業など)に挑むのは得策ではありません。特に、IT業界はグローバル企業が深く浸透していますので、どこで勝てるかを定義しないとやられてしまいます。
そこで重要なのが、特定のセグメントに絞り込み、そこにリソースを集中投下して、圧倒的なシェア(40%以上)を獲得するという戦略です。これにより、競合を圧倒し、そのセグメントでのNo.1ベンダーを目指します。この勝てる特定のセグメントを明確にするのがセグメンテーションの役割です。
まとめ
B to Bビジネスにおけるセグメンテーションは、単なる市場分析にとどまりません。
北川裕康 キタガワヒロヤス 35年以上にわたりB to BのITビジネスに関わり、マイクロソフト、シスコシステムズ、SAS Institute、Workday、Infor、IFS などのグローバル企業で、マーケティング、戦略&オペレーションなどで執行役員などを歴任。現在は、独立して経営・マーケティングのコンサルティングサービスを提供しながら、AI insideの Chief Product Officer(CPO)を担当。大学は計算機科学を専攻して、富士通とDECにおいてソフトウェア技術者の経験もあり、ITにも精通している。前データサイエンティスト協会理事。マーケティング、テクノロジー、ビジネス戦略、人材育成に興味をもち、学習して、仕事で実践。書くことが1つの趣味で、連載や寄稿多数あり。 この著者の記事一覧はこちら