●意思決定に必要な「問いを立てる力」を育む要因
日本のビジネスを牽引する著名なCxO(Chief x Officer)の皆さんが今、何を考え日々ビジネスに励んでいるのかを深掘りするべくスタートした本連載。聞き手は私、「Japan CxO Award」の主催を務め、CxO人材採用事業に日々携わるBNGパートナーズの代表取締役・蔵元二郎が務めます。


今回は、ディープテック領域に特化したスタートアップ支援を行う、UntroD Capital Japan(アントロッド キャピタル ジャパン)の代表取締役社長、永田暁彦さんにお越しいただきました。ユーグレナ時代に数々のCxOを歴任しながらリアルテックファンドを創設した彼とは、旧知の仲。いつも通り、「あきちゃん」と呼ばせていただきます。「チームで勝つ」戦い方や、未踏領域への投資の話……数々の経験に裏打ちされた話は、学びになるものばかりです。

○チームが勝てるなら、立場にこだわりはない

――10年前くらい、以前あきちゃんと話したときにすごく印象的だったのが「トップとNo.2のコミュニケーションにおいて、サシ飲みは必要か?」という議論をしているときに「サシ飲みって、コミュニケーションなんですか? よっぽど稟議や決裁のほうがコミュニケーションじゃないですか」と言っていて。深いし、その通りだなと。

懐かしいですね(笑)。当時32~33歳の頃で、経営者としてステップアップしている時期でした。「中3のときの自分、イキってたな」という感じで、43歳の今の僕が振り返ると可愛いなと思うところもある時代の話ですね……。

――せっかくなので、そんな当時のことからお話を伺っていきましょう。あきちゃんが特殊なのは、ユーグレナ時代に「これ全部やった人、他にいる?」というくらい、あらゆるCxOを歴任したことですよね。

そうですね。
入社当時はCSOで、そこからCFO、COO、21年にCEOに就任しました。我ながらスラムダンクの河田みたいだなと。彼もガードからフォワード、そしてセンターに変わっていったじゃないですか(笑)。ただ、僕の自意識としては、「このチームを勝たせたい」という思いが強く、チームが勝てるのであれば、僕自身の立場にこだわりはありませんでした。

――ユーグレナ入社前は、社外取締役だったんですよね。

はい、新卒で就職したインスパイア時代、2年目の冬に重要投資先だった株式会社ユーグレナの社外取締役に就任しました。そのときに僕ががむしゃらに働くので(笑)、「こいつは仲間にしたい」と思ってもらえたのかもしれません。僕も一緒にやりたいと思う気持ちが強く、2009年にユーグレナの正式な仲間の一員に加わることを決めました。

当初は、出雲(※ユーグレナの創業者で代表取締役社長の出雲充氏)からはCFOで来てほしいと言われていました。ですが、まだ経験が不足していて難しいんじゃないかという声があったので、一旦CSO……当時は戦略担当取締役という役職で入社。事業戦略立案やエクイティファイナンスなど、実質的にはCFOの仕事をしていました。

――会社を辞めてでもユーグレナに行こうと思えた、ユーグレナ、もしくは出雲さんの魅力はどんなところに?

本音は、微細藻類ユーグレナ(和名ミドリムシ)や環境問題の事業内容云々よりも、「このチームに入ったら面白そう」が強く20年前、同世代が次々とIT業界へと進んでいった時代に、同世代の出雲がバイオテクノロジーで世界に向かっていこうとしている。
今でこそディープテックが注目されていますが、当時はなかなか珍しい存在でした。そこに加えて、ファイナンスができる僕の役割やキャラクターがチームにぴたりとハマって、「自分の力を最大限に発揮できる」と感じられたのが大きかったですね。

――そこからさまざまな役職を歴任。まず、CSOからCFOになったきっかけは?

社内の管理部門でトラブルが発生し、上場準備が進まず月次決算も滞るなど、様々な課題に直面しました。僕は「チームが勝てばいい」という考えだったので、「誰もやらないなら、じゃあ全部やる」と上場までのプロセスを全て担当することになりました。CSOとしての戦略業務に加え、管理部門や人事などの機能を統括する事になり、自然な流れでCFOとしての役割を担う事になりました。

――CFOになってからの変化を挙げるなら、どんなことが?

上場後、投資家の前に立つフロントマンとしての経験を30歳という年齢からできたことは大きかったですね。未上場のときは、CFOとしてのコミュニケーションの範囲はVC数社と事業会社で、まだ世に出ていない、と言ってもいい。それが上場した瞬間に、世界に何百万社とある「株式会社」の中にある、上場企業のファイナンスのフロントマンとしての評価を受ける。日本だけでも上場している3,000社以上、つまり3,000人以上のCFOの中で比較されるわけです。「CFOとしてどうなのか」というフィードバックが来る経験は新鮮で、いい経験をたくさんしました。

――ちなみに、「いい経験」で思いつくもの、ありますか?

たとえば……アメリカの機関投資家から「僕の人生の中で、最高のCFOのひとりだ」とフィードバックをもらったことや、上場後のIRで初めてエジンバラに行ったときに、「孫(正義)と、北尾(吉孝)が来たときを思い出した」と言われたことでしょうか。
あれは本当に励みになりました。

○CxOも夫婦も、役割には定義がない

――CxOアワードの審査員コメントで「CxOは、CEOと同じピザを切りあう対等なチーム」というフレーズを寄せてもらっていて。これがすごく印象的だったんですが、もう少しこのフレーズを咀嚼してもらっていいですか?

たとえば、野球は1チーム9人でやりますよね。それを仮に「5人でやりなさい」と言われたら、「それなら、このあたりまで自分が守るから、ここからはお願い」と決めますよね? それと同じように、そのときいるメンバーで「ここに丸いピザがあります。360度のうち、この140度の範囲を守ってね」と切り分けて、会社のあらゆることを分担していくのが、経営チームだと思っています。実は僕、最も何も変わらなかったのがCOOからCEOになったときでした。COOの時点で職務権限表の一番上に名前があったので……。確かにタイトルの変化はありましたが、それ自体で何かが変わるわけではなく、大きく影響するのは職務権限と職務管掌。その2つが最も大切だと信じています。

それぐらいCxOとはあやふやなもので、その会社ごと、チームごとに定義が違っていいわけです。夫婦と同じです。収入のバランスも、家事の分担も、どっちが夜にミルクをあげるかも、ふたりで決めれば良くて「妻とは、夫とは、こうあるべきだ」という定義があるわけではありません。
つまり「CFOだから、こうだ」という定義はなく、その会社ごとに役割を経営チームで切り分けていけばいい。そういう意味です。もし野球を2人でなんとかするしかないなら、ピッチャーが投げて打たれたら、その瞬間守りに走りに行くしかないじゃないですか?

――で、キャッチャーが一塁に走って待つ……うちの会社はそんな感じかもしれない(笑)。

なぜそうするのかと言えば「試合に勝ちたいから」ですよね。勝ちたかったら、やるしかない。それなのに「俺はCFOだから、売り上げは自分の領域じゃない」と線を引くような人がいたら、同じチームでは戦えないと思います(笑)。そういう人は「個人が勝てればいい」人で、「チームで勝ちたい」わけではない。そういう人は、僕はチームには不要だと思っています。

野球で例え続けるなら、途中の回で仮に100点を取られても、最終的に101点取って勝てればそれでいい。それなのに、ずっと自分の打率や防御率ばかり気にしている人がいたとしたらチームプレーにならない。僕がCSO、CFO、COOと変わっていったのは「チームが勝つためには、今はファーストに行かなければ」という感覚で、自然なことでした。ちなみに、一番変化が大きかったのは、CFOからCOOになったときです。
ファイナンスなどのバックオフィス領域からフロントに出て、売り上げ責任を直接担うようになったことで、大きく変わりましたね。

●信念は「投資をアートにしない」
○信念は「投資をアートにしない」

――ユーグレナ時代、2015年にリアルテックファンドを立ち上げていますが、これはそもそもどういう経緯だったんですか?

ユーグレナ上場時はディープテックで上場している会社はほとんどなかったので、ユーグレナが上場した後に「うちの会社も支援してほしい」という相談を本当に多く受けるようになりました。とはいえ自己資本は使えない、けれども機会も社会的意義もある。そうなるとファンドしかない。そうした背景もあり「一部上場を果たしたら考えよう」と思っていました。ちょうどその頃、ディープテックの機運が高まりはじめ、今なら資金も集められるんじゃないかと、ここをタイミングにしようと決めて、2015年にユーグレナのファンドとしてスタートしました。

その後、2023年末にユーグレナのCEOを退任して、現在はリアルテックファンドを運営するUntroDに集中しています。

――そこから今、リスクマネー界ではみんなディープテックの話でもちきりですが、どうやって投資先を発掘、決定しているのでしょうか。

まず「投資をアートにしない」と決めています。偶然を求めず、KPIコントロールをしています。年間およそ1,000件の投資先候補に会う中で、何件次のステージに進めて、最終的に年間10件納得できる投資をする。そう決めていると、本当に投資したい人に出会えます。


そして、ファンドとしての業界的王者がいる中で、僕たちは新参なので、エッジィなポジションを取り続けています。ただそれは、相対的にそうしているというよりも、そもそも自分たちの情熱が、人類の役に立つのに社会的評価が追いついていない「未踏領域」にあるのが圧倒的な強さだと思っています。今はディープテック投資が盛り上がっていますが、おそらく数年後には落ち着いてくると思います。ただ、僕はこのファンドサイズのままずっと続けるつもりです。

そうして未踏領域に投資し続けるポジションに居続けると、変な表現ですが、誰かにとっての「大切に思っている友人の研究者」を、「こういうのは永田くんのところかな」と思ってもらえて紹介していただけることが結構あるんですよ。

――ちなみに、「未踏領域」への情熱の根源はどこにあるんでしょう?

大変だし時間はかかりますが、「nice to have」ではなく、この技術があれば人の命が救われるとか、エネルギー問題が解決するとか「must have」がやりたい事です。ちょうど去年、何度も流産を繰り返してしまう「不育症」のうち、約2割を占める要因を突き止められて、治療に繋げ、出産率を上げることに寄与できる技術を持つ会社に出資しました。すると、現場の医師にヒアリングをしたところ、子どもを諦めていた人が、その技術によって子どもを授かる瞬間に出会えたと。そういった技術が、ディープテック付近には溢れています。ユーグレナ時代もそうでしたが、そういう仕事をしていると、ただ単にお金のためだけの仕事にはなお興味がなくなっていってしまいます。

――そこに気づいたのは、いつのことですか?

元々そういう性格だと思います。ただ、妻に「一度、人のためのことじゃなくて、自分のことを考えてみたら?」と言われて「わかった。じゃあ、それができるまで、一回ずっとゲームする」って、本当にずっとゲームをしてみたんですが、2週間で飽きてしまって。やりたいことをどれだけ突き詰めて考えても、どうしても今やっていることに帰ってきてしまう。「人のためだけじゃなくて、自分のためにもやっているんだ」と気付けたことは、大きな自己発見でしたね。
○「僕が明日死んでも続くファンドを」大切なのは仕組みづくり

――社会的意義が非常に高い仕事である側面と、同時にファンドなので経済合理性の側面、両者をうまく整合性を取っていかなければいけないと思いますが、その点のご苦労はどのようなものがありますか?

ディープテックが社会の課題を解決し、かつ、経済性があることはあまり議論の余地はないと思います。日本の時価総額上位の会社を見ても、外貨を稼いでいるのはディープテック系です。日本からグーグルが生まれるより、グーグルが使わざるを得ないGPUを作るNVIDIAのほうが、日本から生まれるイメージがわく。経済性とおっしゃっているのは投資金額や投資後成功までの期間、技術の目利き的な話だと思います。

そして、僕たちの中にはあまりその課題感はないですね。例えば薬の開発で言えば「サイコロの1の目を5回連続で出せたら、薬として成立します」というような確率論があるわけで、投資の分野でそれに近いものを持っています。投資ガイドラインをものすごく細かく決めている上に、3ヶ月に1回、その3ヶ月で得た経験値やマーケットの変化をもとにアップデートし続けています。なかなかこれをやっているファンドはないと思います。

――それをやっている理由は何でしょう?

「誰がやっているかわからない会社にしたい」からです。「永田暁彦のファンドで、永田暁彦だから資金が集まって、投資が成功する」ことにはまったく興味がなく、仮に僕が明日この世にいなかったとしても続くファンドを目指したい。「特定の技術者じゃなければ潜ったときのことがわからない」ということがないように仕組み化し、ロジックや文化、ルールを作るところに、ものすごく労力をかけています。

――ちなみに、うちの会社ではCxO人材に特化した人材紹介をやっているものの「ディープテックのCxO人材」について、僕自身もまだしっかりと掴みきれていない部分があります。経営チーム人材の課題や起きうる変化について感じるところはありますか?

それで言うと、ICTでも、たとえばメルカリのサーバーで、何が起きているのかすべてわかっているCxOは、そういないと思うんですよ。ICTは表のインターフェイスに存在するサービスが理解しやすいので「わかる」と言いやすいだけで、本当の技術を理解しているのかはまた別の話です。

――確かに。

そこで何が大事かというと、一般社会の人が理解できる粒度で説明できる、「一般社会との接点になれる人」であること。僕自身、投資先の技術理解は、7~8割くらいにとどまっていると思います。ただ、技術者が感動するような社会とのコミュニケーション法を発明できるし、社会にはその技術を「なるほど」と言ってもらえる状態を作れる。それこそが、僕は仕事だと思っています。僕は特別な理系のバックグラウンドがあるわけではないですが、逆に言えば、最初はまったくわからない先端技術を、僕でもわかるようにすることが大事。僕だって、チャッピーことChatGPTにもたくさん助けてもらっていますよ(笑)。

「確かに価値があるのに、人がわからない」ことはチャンスになり得ます。ディープテックには、その可能性が眠っている。本当に価値があるものを見つけ出して働くことを、チャンスと捉えて、世の中と接続できるか。結局のところ、ディープテックのCxO人材に必要なのは、そこが大きい気がします。

たくさんの話を聞いた中で、やはり印象的なのは「1枚のピザ」の概念。昔のベンチャーはお金がなかった分、1枚のピザを分け合って必死に生き残ってきました。今はスタートアップまわりの環境が良くなったことで、もちろん良い点もあるものの、自分の取り分や損得を考える人も増えてきた。時代の変化として仕方がない点もあるかもしれませんが、永田さんのような「チームで勝つ」ためのCxOマインドのようなものを、今回の記事や、CxOアワードのコミュニティでも伝えていけたら……そう気を引き締め直す対話でした。

■今回お話をうかがったのは…

UntroD Capital Japan 代表取締役社長 永田暁彦氏
株式会社ユーグレナの未上場期より、取締役としてCSO、CFO、COOを歴任。2012年のマザーズ、2014年の1部上場を経て、2021年より同社のCEOに就任し、全事業執行を務める。2023年退任。

2015年、社会課題解決に資するディープテック投資を推進するリアルテックファンドを設立。2024年、同ファンドを運営するUntroD Capital Japan株式会社の代表取締役社長に就任した。日本初のNPOを母体とするソーシャルインパクトIPOを果たした雨風太陽の創業および経営や、ヘラルボニーの経営顧問を務めるなど、資本主義におけるソーシャルインパクトの実現に注力している。

蔵元二郎 株式会社BNGパートナーズ 代表取締役。1975年生、鹿児島県出身。九州大学経済学部経済工学科を卒業後、一部上場金融機関にて、人事・経営企画・金融庁対応に従事。その後、スタートアップ企業で新規事業の立ち上げ、大手ベンチャー企業で人事部長・海外事業部長・新規事業部長・社長室長などを歴任し、27歳で株式会社ジェイブレインを共同創業、取締役最高執行責任者に就任。上場直前期にリーマンショックを経験した後、2009年にBNGパートナーズを設立。代表取締役に就任(現任)。鹿児島イノベーションベース理事、情報経営イノベーション専門職大学客員教授なども務める。2025年、次世代リーダーのロールモデルとなるCxOを選出・表彰し、重要性を社会に広く認知させるJapan CxO Awardを立ち上げる。 この著者の記事一覧はこちら
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