ENEOSが設立した水素エネルギー社会の実現に向けた基礎研究支援のための基金である公益信託 ENEOS水素基金は11月14日、2025年度の研究助成金の贈呈式と2023年度研究助成の成果報告会を開催した。

ENEOS藤山常務は「ENEOS水素基金はまだまだ必要そう」

ENEOS水素基金は、水素エネルギー社会の実現に向けた基礎研究支援を目的として2006年に新日本石油(現・ENEOS)により設立された基金。
年間総額5,000万円以内、1件あたりの上限を1,000万円として、水素製造技術、水素貯蔵・輸送に関する技術、CO2固定化・削減技術の3分野の研究に助成を行ってきた。そして本誌でも既報のとおり、2025年度の助成対象は62件の応募から6件が選定されている。

この日、運営委員長として列席した京都大学理事(研究推進担当)・副学長の北川進氏は、2025年のノーベル化学賞の受賞が発表されており、12月に受賞式を控えている。そんな多忙な中での列席に対し、委託者代表として登壇したENEOS常務執行役員の藤山優一郎氏は、「今回はおめでとうございます。ノーベル賞を取られて、お呼びしていいのか、お断りされてもしかたないと思っていたんですけれども、お越しいただいて本当にありがとうございます」「北川先生がノーベル賞を取ってくださったというのは本当に勇気づけられること」とお祝いの言葉を送った。

そして藤山氏は「20年近く水素の研究をやってきたというと、『もういいんじゃないの』と言われそうですが、まだまだ必要そうですね、という話をさせていただきたい」と水素技術の現状に話を移した。

藤山氏は、GX(Green Transformation)やカーボンニュートラルに向けての流れが世界的にスローダウンしており、日本も例外ではないと指摘。そして日本政府が設定している「2030年に水素の供給コストを1ノルマル立法メートルあたり30円に引き下げる」「2030年に300万トンを導入する」という目標について、価格・導入量のいずれも達成は難しいだろうと予測する。

そういった現在の状況を、藤山氏は「今はちょっと我慢の時」と表現しつつも、「最終的には温暖化を止めようと思ったときに水素は必ず必要になる」と語る。そして「やはり素材までさかのぼらなければならないのかな」と、北川氏が金属有機構造体という素材の開発でノーベル化学賞を受賞したことを引き合いに出し、「根本的な水素のコストダウンを図るようなイノベーションが出てこないと、水素の火が消えてしまう。基礎研究に戻ってガラッと様子を変えるような研究開発が出てこないとと思っています」として、引き続きENEOS水素基金が果たせる役割は大きいと締めくくった。
「資金獲得のためばかり頭を使うようではいいことはない」と北川氏

続いて北川氏が運営委員長として登壇し、「私は『研究費』ということについて一言お話しさせていただきます」と切り出した。


北川氏は、大学や研究機関の研究費には、一層目にあたる基盤的な経費、二層目にあたる評価連動型資金(競争的資金)に加えて、三層目にあたる研究費として環境やエネルギーなどの重点領域に資金があるという。ENEOS水素基金の助成も、この三層目にあたるものだ。そして基盤的経費や競争的資金の中でも比較的自由に使いやすい科研費などが伸び悩む中、三層目にあたる資金が注目されていると語る。

「自由な発想でのびのびとアイデアを出して研究するのは非常に重要」という考えで、資金獲得のためにばかり頭を使うようではいいことはないという北川氏だが、このENEOS水素基金については、比較的大きな金額が助成され、選定されればあまり制約がないという点を評価する。そして「(助成期間である)2年間がんばっていただいて、10年後以降くらいに(結果が)わっと出てくる、そういうことを期待したい。そうなれば基金の皆さんも『だから採択したんだ』となって、またプッシュしてもらえると思います」と話し、最後に、「せっかくこの基金をお取りになったので、全員のびのびと研究していただきたい」と挨拶を終えた。
助成対象者がそれぞれの研究内容を紹介

このあと、助成対象者が一人ずつ壇上に上がり、北川氏から研究助成金贈呈書と目録を授与されたのち、助成対象となった研究について簡単に紹介した。

第1分野である水素製造技術の研究部門で助成対象となったのは2人。

産業技術総合研究所の石山智大氏の研究は、低温作動の水電解と高温作動の水蒸気電解の間の温度で作動する電解セルにより、両者のいいところをとったような電解技術を目指しているのだという。要素材料とするガラス電解質は石山氏が博士課程のころから研究して開発したものだそう。似たような研究をしている研究者があまりいない中、新しい挑戦をしているつもりだとのことで、世の中を変えるような新しい技術を目指して取り組んでいきたいと話していた。

同志社大学教授の盛満正嗣氏は、過電圧を小さくすることで水素の製造コストを下げる、その触媒開発が助成の対象となった。
「かなりハードルが高く、チャレンジングな目標を掲げて応募した」と言いながらも、「2年後にはこのような素晴らしい水素触媒が開発できました、という報告をしたい」と語った。

水素貯蔵・輸送に関する技術の部門である第2分野の助成対象となったのは、物質・材料研究機構の土井康太郎氏。専門は金属材料の劣化だそうで、今回の助成対象となったのは、水素が金属材料に侵入して劣化させる「水素脆化」に着目し、水素が金属中にどう侵入するのかを可視化した「トリニティマップ」を構築する研究。金属材料のどこで水素脆化が起こりやすいのかを明確に可視化する技術だ。

第3分野であるCO2固定化・削減技術の研究部門では、3件が採択された。

関西大学教授の田中俊輔氏の研究は、カーボンニュートラルの実現に欠かせないCO2の分離回収についてのもの。現在広く使われる圧力スイング吸着法では、吸着時に圧力動作が大きくなってしまう、水蒸気があると吸着しないという問題がある。これに対し、田中教授はゲート吸着という現象に注目。そのメカニズムの解明と、小さい力で水蒸気共存の影響を受けない吸着サイクルを実証することを目指しているという。

横浜国立大学教授の本倉健氏は、二酸化炭素を還元的に変換してカルボン酸を合成するという研究が採択された。この還元にあたり、一般的には水素を使うところ、廃棄物から取り出したシリコンを利用するのが本倉氏の研究の特徴だ。すでにCO2からもっとも簡単なカルボン酸であるギ酸を合成できるというのは確認しているそうで、今後はC-C結合をもつカルボン酸の合成に展開していくとのことだ。


北海道大学准教授の鳥屋尾隆氏は、個体触媒の粉末を研究しているそうで、今回は機械学習を使い、CO2からプロピレンを合成する個体触媒の開発を図るという。こういった研究では理論計算からデータを取得するケースが多いそうだが、鳥屋尾氏の研究では実験でデータを取得して利用するのが強みだと語る。

オブザーバーの間の評価と採択結果は合致した

助成対象者の皆さんが自身の研究について紹介したあとには、ENEOS中央技術研究所フェローの佐藤康司氏が登壇。同氏をはじめとするENEOSの社員は助成の採択には関与していないそうだが、オブザーバーとして選考を見守っており、他のメンバーとともにどの研究が採択されるかを予想していたという。結果、オブザーバーの間で評価が高かったものと最終的に採択されたものに乖離は少なく、ENEOSが求めている研究と合致するものが採択されたという評価だった。

さらに佐藤氏は、水素を取り巻く環境が必ずしもよいものではないという先の藤山氏の発言に触れ、「動いてみて初めて、水素の難しさが分かったともいえる。コストが下がらない、量が確保できないなど、ブレイクスルーがどこに必要なのかがクリアになってきた」と言い、困難な状況ではあっても課題が明らかになるという面もあるという。最後に「ENEOS水素基金は、使途にうるさいことを言いません。当初と趣旨がずれてもいいと思っています。今日提案されたテーマからスコープチェンジがあってもいいというのがこの基金の長所」と、先の北川氏同様、自由に研究を進めるようエールを送っていた。

最後に挨拶した三井住友信託銀行 常務執行役員の岡本雅之氏は、2006年に水素社会の実現を目指して基金を設立したENEOSの先見性を称賛。運営委員長である北川氏がノーベル化学賞を受賞したことで存在感も高まっており、その管理運営を務めていることに誇りを感じていると語った。


助成対象者をはじめ、登壇者が口々に北川氏のノーベル賞受賞にお祝いの言葉を述べた今回の贈呈式。北川氏の言うように自由に研究を進め、水素社会の実現に向けて前進することを期待したいところだ。

なお、この贈呈式の後、休憩をはさんで2023年度の助成者が2年間の助成期間の成果を報告する報告会も開催された。
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