いまの場所にたどり着くまでに、どんな選択があったのか――。この連載では、道を切り開き始めた次代の担い手たちに、歩んできた決断の背景と、その先に見据える未来を聞いていく。
それぞれの選択がどのように現在をつくり、次の挑戦へつながっていくのかを、記録していく試みだ。

本稿で話を聞いたのは、お笑いコンビ やさしいズ。NSC東京校(お笑い養成所)の16期生で、ツッコミ担当の佐伯元輝さんは1986年3月20日生まれ(富山県出身)、ボケ担当のタイさんは1985年6月26日生まれ(東京都出身)。東京・六本木にあるYOSHIMOTO ROPPONGI THEATERにて、ライブの合間に楽屋を訪ねた。

○お笑いを志すまで――迷いながらたどり着いた原点

――お笑い芸人を目指したきっかけについて教えて下さい。

佐伯さん(以下、敬称略): もともと、アニメとお笑いが好きでした。高校を卒業して就職して、そこで3年くらい働いていたんですが、あるとき何もかも嫌になり「ヴぁぁぁぁ」という感じで辞めちゃって。そこで一旦、声優を目指します(笑)。プロの声優を育てる学校にも1年くらい通いました。そのあとで、お笑いの道を志すようになって。ここに来るまで、俺の人生にもいろんな選択肢があったと思います。

昔、NHKで放送していた爆笑オンエアバトルが好きで、テツandトモさんのファンでした。
テツandトモさんが地元富山に営業に来る日が、たまたま中学校の修学旅行の日と被っちゃって「うわ、修学旅行に行きたくない」と真剣に悩んだこともありました(笑)。

まだ「なんでだろう」でブレイクする前のテツトモさんです。結局、そのときはファンレターを父親に託して修学旅行に出かけるんですが、後日、お返事をいただけたんですよ。それから10年後くらいでしょうか、仕事の現場でおふたりにお会いすることができて。「あのときお返事をいただいた者です」って伝えられたのが、とても嬉しかったですね。

タイさん(以下、敬称略): もともとお笑いが好きで、お笑い番組もよく見ていました。高校生のときにルミネtheよしもとができたので、当時、はねるのトびらに出ていたロバートさんを見に出かけたんです。そうしたら、同じ舞台に出ていた佐久間一行さんも面白すぎて。「いつかこの人たちと同じ舞台に立ちたい」、と強く思いました。

大学を卒業したらお笑いを目指すつもりだったんですが、親に反対されちゃって。そこで、まずは社会人になってお金を貯めることにしたんです。会社は広告代理店でした。
入社してすぐに大阪勤務になったんですが、だからといって大阪でお笑い熱が上がったかというと、そんなこともありません。朝は早くて帰宅は0時過ぎ、という生活を繰り返していたので、お笑い熱を上げられる余裕はなかったですね。

――お笑い芸人になることに周囲は反対しましたか?

佐伯: 自分は、お笑い芸人になることを親に反対された記憶はないです。うちの父親は若い頃から家族のために働いていた人で、そんな背景から「そういうの(お笑いの道を目指すこと)も良いんじゃない?」なんて、理解がありました。

タイ: うちは母親が大反対だったんです。大学の卒業後に吉本興業に入りたいと伝えたら「私を殺してから行きなさい」なんて言われましたから。めんどくせえなぁと思いましたが(笑)。そこでお金を貯めて会社を辞めて、NSCに願書を送ったあとで親に連絡しました。めちゃ泣かれましたし、芸人になってからも「いつ辞めるの?」みたいな感じで何年間も反対され続けました。

ただ数年してから、ピースの又吉直樹さんと一緒にクリープハイプのライブに出かけた、なんて話をしたら「あの又吉さんと仲が良いの?」なんて食いついてきて。母親は又吉さんのファンだったみたいで(笑)、そこから、やや許されたっぽいです。賞レースで結果が出た、とかそういうことじゃないんだな、とは思いましたけど。


○劇場の現実と8年間――壁にぶつかった若手時代

――相方を選んだ理由は?

佐伯: そのとき、結構しゃべっていたから、ですかね。同じクラスで。

タイ: そうですね。コンビを組もうと言われて、なんか白いし、自分は黒いから逆だし、ちょうど良いか、くらいの感じでした。

――お笑いの世界に入り、壁を感じた瞬間はありましたか?

タイ: 劇場には(ヒエラルキーの)ピラミッドのようなものがあります。1年に1段ずつ上がれば頂点まで行けるな、そうしたらバイトしなくて良くなるな、なんて初めは思ってたんです。でも頂点にたどり着いても給料は5万円くらいしか貰えなかったので「続けられんのこれ?」と思いました(笑)。結局、キングオブコントの決勝まで行った頃にようやくバイトを辞められたんですが、8年かかりました。それまでは怖かったですね。

――これまで、お笑いを辞めようと思ったことはありますか?

佐伯: 個人的には、毎朝定時に会社に出勤して勤務、というサラリーマンの生活に耐えられなくて辞めたので。その点、お笑いはいろんな時間にいろんな場所に行って仕事をします。これが自分に合ってて面白いな、良い仕事だな、と感じています。


タイ: やりたいことをやっているんで、辞めたいと思ったことはないですね。「そんなもんだ」と思いつつこの業界に入ったので。でも売れるまでの8年間は、長いな、と思っていました。

○迷ったら難しい方へ――二人が選ぶ"リスクの前へ出る生き方"

――選択肢に迷ったとき、最終的には何で判断しますか?

佐伯: ネタはすべて相方に考えてもらっているから、俺が何かを決めることは、あまりないんです。大喜利などで、この回答を出したら滑るかな、なんてときに「でも出さなかったらもっと後悔するだろう」と思って出すことはあります。

タイ: 迷ったときは、難しそうな方を選びます。できそうな方を選んでも面白くないだろうな、できなさそうな方が良いな、と思って。人生にはあまり時間もないので、どうせなら失敗してみるのも良い。まぁ芸人を選んだのもそうですし。会社員時代は「幹部ルート」みたいなポジションで仕事をさせてもらえていたんです。普通にやっていたら、この歳で良いお給料ももらえていたかも知れない。でも自分はお笑いを選びました。


ネタを考えているときも「これだったらできるけど、オチも想像しやすい。滑っても良いから、難しそうなやつをやりたいな」なんて思うことがあります。劇場を選ぶときも、敢えてキャパが大きいところを選んで自分にプレッシャーをかけたり、すごい先輩にゲストに来てもらったり。そのくらいしないと、怠けてしまう気がするんですよね。ハードルを上げるのは正直怖いです。毎日、「ライブにお客さんが来ない夢」でうなされたりしていますし。でもハードルを上げれば、乗り切ったときの嬉しさがあります。

――普段は何処でネタを考えていますか?

タイ: 芸人仲間でも、いつもその話になるんですよ。自分も含めて、みんな喫茶店とかで考えているみたい。でも全然、良いネタなんて思いつかない。最近よく思うんです、この「煮詰まっても何もアイデアが出ない」時間も必要なんじゃないかって。しんどいけどこれやってたら、帰り道とかでふと思いついたりするから。
自分でも「このネタって、いつできたんだっけ?」と思うことがあります。芸人仲間とも「それめんどくせえよな」「すぐ思いつきてえよな」って話になるんですけどね(笑)。
○一か八かのネタ――KOC準決勝で見せた"大滑り"の裏側

――相方の決断で覚えているできごとは?

佐伯: ある年のキングオブコントの準決勝で、史上見たことないくらい滑りました。世界の果てまで無音だったときに(笑)、逆にこんなに滑ることができるんだ、と思って。こんなこともあるんだな、と思いました。

タイ: 自分のなかでは面白いと思っていたネタです。お客さんには、多少、伝わりづらいかなとは思っていたんですが。優勝するためには一か八かのネタが必要で、これでウケたら優勝できるかも、と狙っていました。

芸人ウケも良かったんです。空気階段の鈴木もぐらって、人のネタではまったく笑わないんですが、そのネタのときだけめっちゃ笑ってくれるんですよ(笑)。舞台にかけたときも声をかけてくれて。普段、もぐらとはネタについてしゃべらないんですが、そのときだけ反応してくるから。前年に決勝まで行っていた背景もあって、あのときの準決勝は敢えてあのネタを選びました。

――コンビで「これはやらないでおこう」と決めていることはありますか?

タイ: ネタに関しては"地"にないものはやらない、という考えはあります。佐伯は運動が得意じゃないので、アスリート役はやらせないとか。リアリティがある方が、普通のセリフも面白く聞こえるもんですし。

佐伯: 昔、陸上選手のネタがあって、広い会議室で稽古したんですが、走り幅跳びの設定なのに30cmくらいしか飛べなくて、速攻でボツになりました(笑)。

○目指す未来――健やかに、そして劇場に人を呼ぶために

――やさしいズにとって、賞レースとは?

タイ: なるべく多くの人にウケたいし、審査員の人にもコントを見てもらいたいし、出れば地元の友だちにも喜んでもらえるし、賞レースにそういうことを期待する気持ちはあります。ただNSCを卒業した当時、エンタの神様、爆笑レッドカーペット、あらびき団など、若手が出られるお笑い番組がすべて終了しちゃっていたんですよ。だからその頃、世の中に出る手段は賞レースしかなかった。いまだ、その感じが自分のなかに残っていて、賞レース=年に1度みんながめちゃ良いネタを持ち寄るライブ、みたいな感覚が強いですね。

――今後、どんな未来を目指していきますか?

佐伯: 健やか...に...ですかね(笑)。現代人は、みんな、心身ともに健やかに過ごす大切さを忘れちゃっている気がします。みなさんに「いま健やかですか?」と問いかけたい。結果を出すのも健やかに過ごすためだし、目標と目的を間違えたくない。優勝したくてお笑いやっているわけじゃなくて、お笑いやりたいからやっている。結果はあとからついてくるものだから。

タイ: キングオブコントで優勝して、知名度を上げて、テレビに出るようになって、劇場に人を呼びたいですね。ボクはロバートの秋山さんが好きで、劇場に行って、そこで佐久間さんを知って、ライブの面白さを知った人間なので。

佐伯: お笑いのために、お笑いやっているってこと? 偉いねぇ(笑)。個人の利益のためにお笑いやっている人も多いけど。

タイ: どゆこと?(笑)まぁ、それが俺にとっての個人のためでもあるけど。そういう人になりたいっていう。

佐伯: かー。言葉がありませんね(笑)。

タイ: かーって。「お金が欲しいから」とでも言っておけば良かった? 金はあれば欲しいけど、やりたいことやった上での金であって、お金が欲しかったらお笑い芸人なんてやらない方が良い(笑)。

タイ: よく企画ライブをやっているんで、事務所には「この企画をNetflixに売ってくれ」とは言っています。今年(2025年)の大晦日にも、大きな会場でライブをやります。もともと1,000人くらい入る箱を探していたんですが、年末にやる会場はキャパが8,000人くらいある。絶対に無理だと思ったんですが、さっきの話じゃないですが、敢えて怖い方を選択しました。最後、マネージャーにも背中を押されて決断できました。
○8,000人の箱で、大晦日の大舞台へ

――大晦日、TOYOTA ARENA TOKYOで開催される「超超超、超超超、超超超超超難問王決定戦 超大晦日」ですね。超難問は、唯一無二の"超"新感覚クイズイベントとして絶大な人気を誇り、今回で4回目の公演になるとのこと。どんなライブか教えていただけますか?

タイ: お客さん参加型のライブです。自分はMCを務めます。クイズ形式で、回答する出演者の頭の上のモニターにのみ、問題と正解が出ます。出演者は、お客さんの反応を見ながら問題と正解を探っていきます。たとえば「桃太郎のお供は、犬、猿、あとは?」という問いかけに対し、出演者が当てずっぽうで「乗用車」と答えたら、MCが「そりゃ、あったら便利だろうけど...」なんてツッコミで笑いをとって、「鍋」と答えたら「その中に入っているかも...?」、出演者が動物の名前を言い出したら、お客さんもワーワー盛り上がって正解に近づいていく...、みたいな感じです。

以前、「ドラゴン桜の名ゼリフ、バカとブスほど何処に行け?」という問いかけで、誰かが「よしもと?」と答えて、あながち間違いではないということで、会場が爆笑になったこともありました。意外な回答でハマる、ボケにいって正解してしまう、というケースがままあります。

レインボーの池田直人がこの企画を楽しんでくれているんですが、あるとき全力で当てにきて。過去問から傾向と対策を練ったようで「歴史系が1問は入る」「英語のアルファベットの問題が入る」とか言ってました。それで結局、その回に優勝したんですよ(笑)。あの前のめりの熱量...。池田は俺の後輩ですが、とても勉強になります。

タイ: あなたの声がライブをつくり、推しを正解に導く、そんなイベントになっています。ぜひこの記事を読んだ皆さんにも参加して欲しいですし、一緒にライブを盛り上げてもらえたら嬉しいです。正解したら脳汁が出るクイズということで、推しのはしゃぐ姿が見られるかも知れません。まだチケットあります。ぜひ、見に来てください。

――おふたりの益々のご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。

取材:葉山澪
構成/撮影: 近藤謙太郎

やさしいズタイpresents「超超超、超超超、超超超超超難問王決定戦 超大晦日」
【日時】2025年12月31日(水)開場13:00/開演14:00/終演16:30
【会場】TOYOTA ARENA TOKYO ※配信あり
【出演者】MC:やさしいズ・タイ/佐久間一行、銀シャリ、見取り図、相席スタート・山添寛、ロングコートダディ、ニューヨーク、キンボシ、男性ブランコ、マユリカ、コットン、紅しょうが、レインボー、バッテリィズ、エバース、9番街レトロ、令和ロマン・松井ケムリ、モグライダー(マセキ芸能)、ヒコロヒー(松竹芸能)かが屋(マセキ芸能)、佐々木久美(Seed & Flower合同会社)、花澤香菜(大沢事務所)、和田雅成(ルビーパレード所属)、QuizKnock・鶴崎修功(ワタナベエンターテインメント)
※追加出演者あり/出演者変更の可能性あり
【チケット内容】 『超超超、超熱狂席』前売 7,800円 ※先行予約にて受付終了『超熱狂席』前売 5,800円/当日 6,500円/配信 2,500円
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