パーソナルジム「BEYOND」や暗闇ボクシングスタジオ「b-monster」、アパレルブランド「CRONOS」など、健康・ウェルネスをテーマに多角的な事業を展開するワールドフィット。同社で取締役を務める東邦彦氏は、銀行員、コンサルタントという異色の経歴を持ちながら、フィットネス業界に新たな風を吹き込んでいる。


業界全体のレベル底上げを目指した「トレーナースクールの完全無料化」や、顧客の人生を変えるボディメイク大会「BEYOND CUP」など、同社が仕掛ける数々の取り組みの裏側には、どのような想いがあるのか。東氏のキャリアからマネジメント哲学、そして未来の展望まで詳しく話を聞いた。

○銀行・コンサルを経てフィットネスの世界へ

――まずは、東さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

キャリアのスタートは三井住友銀行です。新卒で大阪に配属され、中小企業向けの法人営業を担当していました。その後、2018年に上京し、コンサルティング会社に転職し、現在のワールドフィットに入社したのは、2019年1月ですね。

――コンサルからフィットネス業界への転身というのは、大きな決断だったのではないですか。

幼馴染との縁がきっかけでした。当時、彼はフィットネスインフルエンサーとして活動していて、BEYONDももともと彼が手掛けていたジムだったんです。彼と話す中で「自分に手伝えることがあるのではないか」と感じ、サポートを始めたのが最初です。そこから正式に誘いを受け、入社を決めました。

銀行やコンサルでは下っ端からのスタートでしたが、ワールドフィットでは統括責任者という管理職ポジションでの入社だったので、不安がなかったわけではありません。
ですが、代表の強いリーダーシップと「この会社は間違いなく大きくなる」という直感があったので、迷いはありませんでした。

当時のBEYONDはまだ6店舗ほどで、本部スタッフも私一人しかいなかったので、電球の交換やチラシ配りといった現場作業から、採用面接、フランチャイズオーナーとの交渉まで、文字通り何でも対応していました。

――どのあたりで「自分に手伝えることがある」と感じたのでしょう?

銀行員時代に叩き込まれた「お客様にどう喜んでもらうか」「どうすればお客様が最高の結果を出せるか」という視点です。入社当時のフィットネス業界、特にBEYONDでは、従業員にインフルエンサー気質が強く、フォロワーは多いものの、顧客対応に課題を感じる場面がありました。

たとえば、ジムに来なくなったお客様に対して、当時のトレーナーが「あの人はやる気がないから」と片づけてしまうケースがあったのですが、私は「お客様がモチベーションを維持できるようなコミュニケーションを取ることもトレーナーの仕事ではないか」といったことを伝えてきました。銀行時代の営業で培った、顧客と誠実に向き合うマインドをBEYONDにも注入する必要があると考えたんです。
○「本物のサービス」を支えるフィットネス教育の質

――ワールドフィットの事業内容と、他社との差別化ポイントを教えてください。

私たちは「フィットネス」「アパレル」「体験」の三位一体で、世界No.1のウェルビーイングカンパニーを目指しています。BEYONDやb-monsterでのトレーニング、CRONOSでのウェア、そしてそれらを通じて得られる充足感。これらを掛け合わせることで、お客様に新しいライフスタイルを提案しています。

なかでもBEYONDの最大の強みは、圧倒的な「トレーナーの質」です。他社で数年の経験があるトレーナーであっても、当社の新人研修をクリアするのは簡単ではありません。
フィットネスの専門性や当社のメソッドを一から学び直してもらいます。

全国に170店舗ありますが、各エリアに厳しい試験官を配置し、実技試験に合格しなければお客様の前に立つことはできません。このクオリティについては他社には負けないと思います。

――利用者の皆さんからは、どのような点が評価されているのでしょうか。

トレーナーとお客様の間に生まれる“信頼関係”だと思います。たとえば、異動や昇格でトレーナーが現場を離れる際も、お客様から大量のお手紙や差し入れをいただくことが、よくあります。

また、年に一度開催している「BEYOND CUP」も大きな特徴ですね。これはBEYONDのユーザー様だけが出場できる大会で、昨年は延べ200名以上のエントリーがありました。筋肉の美しさを競うフィジーク部門だけでなく、1年間の変化を競うビフォーアフターの部門もあるのですが、これはちょっと感動しますよ。

かつて引きこもりで体重が100キロを超えていたお客様が、1年で30キロの減量に成功し、自信を取り戻して就職まで決まった、というストーリーもあります。彼のようなお客様がスポットライトを浴びてポーズを取る姿を見ていると正直、泣きそうになりますね。
○業界の常識を覆す「スクール無料化」の狙い

――現在、特に注力しているプロジェクトや領域について教えてください。


大きなところで言えば、スクールの無料化です。2026年1月26日から、これまで有料で展開していたトレーナースクールを完全に無料化します。フィットネス初心者やトレーナー未経験からプロを目指す方を対象としたプログラムです。

これまでは受講料をいただいていましたが、あえてそこの収益を捨てて無料化に踏み切りました。その理由は、業界全体のリテラシーを向上させる必要があると考えたから。残念ながら、業界には誤った知識でトレーニングを行い、怪我をさせてしまうパーソナルトレーナーも存在します。資格がなくても名乗れてしまう職業だからこそ、リスクも伴います。

当社が培ってきた正しい知識と本物の技術を広く開放することで、業界全体のレベルを底上げしたいと考えています。スクール卒業後に競合他社に行ってもらっても、まったく問題ありません。それが巡り巡って、フィットネスという文化の健全な発展につながると考えています。

――無料化は大胆ですね。応募が殺到するのではないですか?

定員があるので書類選考と面接を行いますが、「フィットネスで儲けたい」などという理由ではなく、純粋に我々と同じ方向を見ていて、「フィットネスで誰かを幸せにしたい」「本気でやりたい」という志を持つ方に集まってほしいですね。
カリキュラムには実技や現場見学も組み込んでいて、2カ月間でより実践的なスキルを身につけていただきます。

○西郷隆盛に学ぶ「誠実な経営」

――経営方針についても伺ってみたいのですが、取締役として意思決定をする際、大切にしている軸は何ですか。

一番はやっぱり“誠実さ”です。私は西郷隆盛を尊敬しているのですが、彼は島流しに遭った際、本来は罪人として恐れられる立場でありながら、島の人たちに誠実に敬意を払って接した結果、島民から絶大な信頼を得て、島の子供達に学問を教える存在になりました。去るときには、多くの人が涙して見送ったと言われています。

この話は、まさにBEYONDが目指す姿そのもので、トレーナーがその地域に一人いるだけで、周囲の人々が健康になり、コミュニティが活性化し、「この人についていきたい」と思われる存在でありたいと考えています。

――組織作りにおいて意識していることはありますか。

「内発的動機付け」を重視しています。やらされる仕事ではなく、自分からやりたいと思えるかどうか。トレーナー一人ひとりが「なぜこの仕事を選んだのか」「お客様にどうなってほしいのか」を自問自答し、納得して行動できる環境を整えることが、マネジメントの役割だと考えています。

パーソナルトレーニングは属人化しやすい分野ですが、私たちは標準化と現場の熱量のバランスを追求しています。170店舗以上を展開しながらも、2016年の創業以来、赤字閉店が一つもないのは、この誠実な運営が結果として数字に表れているのだと思います。

○難攻不落の「城」のような組織を目指して

――最後に、今後の展望について教えてください。

フィットネスを「特別なもの」から「日常の習慣」へと変えていきたいと考えています。疲れたときにマッサージや温泉に行くのと同じように、「疲れたときこそ筋トレをしてリフレッシュする」という価値観を広めていきたいです。運動は、ネガティブな状態をポジティブに切り替える最高の手段だと思っています。

また、今後はテクノロジーの活用も加速させていきます。「ハイパー・パーソナライズド・フィットネス」という考え方のもと、データを活用し、さらに一人ひとりに最適化されたサービスを提供していこうと考えています。

――ちなみに、PCにお城のステッカーを貼られていますが、日本史全般が好きなんですか?

歴史も好きなのですが、純粋に熊本城と姫路城が好きなんです。熊本城は大地震でも完全には崩れなかった強靭さを持っていますし、西南戦争でも落ちなかった難攻不落の城です。姫路城も守りが堅く、敵も城攻めを諦めたと言われています。

会社経営も同じだと思います。熊本城や姫路城のように、どこから攻められても負けない強固なチーム作りをしていきたいですね。
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