愛用する腕時計を手がかりに“人生の時”を語ってもらうインタビュー連載『夢を刻む、芸人の時計』。テレビでおなじみのあの芸人は、どんな若手時代を過ごし、ブレイクの瞬間を迎え、どうやって未来を刻んでいくのだろうか? そのストーリーに迫る。


本稿で話を聞いたのは、お笑いコンビ 囲碁将棋の根建太一さん。1981年03月23日生まれ、神奈川県横浜市出身で、NSC東京校の9期生。相方の文田大介さんと2004年に囲碁将棋を結成している。
未来の相方と立った初めての舞台

――人生で初めて購入した時計について教えてください。

僕が通っていた中学校では、カシオのG-SHOCKを着けたやつがたくさんいたんですよ。周りの友達に感化されるように、僕もしっかり愛用していました。

でもなぜか校内には、お店では見たこともないデザインのG-SHOCKばかりが溢れていたんですよね。ベゼルのロゴの塗装を爪楊枝で消して、クレヨンで自分流に塗り替えるのが大流行していたので(笑)。

僕も夢中になって、赤とかオレンジとか、週替わりでカスタマイズをしてみんなで見比べたり楽しんでいましたね。

――中学校の頃だと、時計以外にもほしいものがあったのではないでしょうか?

例えばゲームを買うとかあったんでしょうけど、それよりもG-SHOCKをつけたかったんですよね。当時はお年玉を握りしめて横浜のビックカメラへ行って、1万円くらいするモデルを買っていたと思います。

片道1時間半もかかる私立の中学校に通っていたので、そもそも時計は必需品でした。G-SHOCKは種類が豊富で、売り場を眺めるだけでも毎回ワクワクが止まらなかったんですよね。


中学から大学卒業までに2~3本ほど時計を買いましたが、G-SHOCKのあるお店に行った記憶しかありません。

――初めて舞台に立った時のことは覚えていますか?

高校の同級生だった相方の文田と、初めて立ったステージのことはよく覚えています。

当時所属していた囲碁将棋部は先輩がおらず、部員は僕と文田ともう一人だけだったんです。のらりくらりと活動していたのですが、2年生になったとき、新入生に向けて「部活紹介」をする試練がやってきまして。

僕らの学校はスポーツの名門だったので、甲子園常連の野球部や柔道日本一などの猛者がゴロゴロいました。そこに地味な文化部が飛び込んでいくわけですから、相当な覚悟が必要だったんです。

本番では、堂々と胸を張りながらステージに立って「あのね、この部は1年で早々に駒なんて握らせねえから。1年間は駒拾いだけで終わると思うけど、それでも構わないやつだけ来れば?」と言い放ったんです。つまり強豪オーラバリバリの設定で挑んだのですが、これが信じられないくらいウケたんですよ。

あのわずか5分間で得た高揚感は、芸人になることを決めた原体験だったように思えます。

ちなみに、実際は3人ほど新入部員が入ってくれたのですが、部室で顔を合わせた瞬間にすぐ謝りました。「僕ら、本当はそんなんじゃないんです……」って(笑)。


――そこからどのようにして芸人を目指したのでしょうか?

大学も一緒だった文田からは、「なにもやりたいことがなかったら、お笑いやろうぜ」と誘われていて。2人で文化祭のお笑いコンテストにも出場して手応えを感じていたものの、最初は文田の言葉を本気にしていませんでした。

でもいざ就職活動が始まると、とりあえず聞いたことのある企業にエントリーしてみるだけで、やりたい仕事なんてまったくないことに気付いたんですよね。そのときにまた文田から言われたんですよ。「芸人やろうぜ」って。

当時の僕は、考えが甘かったと思います。お笑いの道へ進むリスクも考慮せず、もちろん大スターになる志すら持っていなかったので。

でも文田が言うならと思って、当時決まっていた面接を蹴りました。

そこから20年以上もお笑いを続けているのですから、自分でも驚いています。

止まった時間を動かした、お笑い

――芸人をやめようか迷ったことはありましたか?

M-1グランプリのラストイヤーを迎えた2019年に決勝にすらいけず、一つの区切りをつける決意をしたことがあります。

そもそも僕は、芸人を天職だなんて15年間一度も思ったことがありませんでした。だから「もっと自分に向いている仕事があるんじゃないか?」「別の世界も覗いてみたい!」という興味が、大きな目標を失ったタイミングで湧き上がってきたんですよね。


決して後ろ向きなものではなく、自分の中では「ポジティブな転職」のような、明るいイメージの決断でした。そして2020年の正月が明けたタイミングで、文田に自分の意志を話しました。

――文田さんからは、どのような反応が返ってきたのでしょうか?

僕の想像通りだったんですけど、止められるようなことは一切ありませんでした。むしろ、予定している仕事をすべて全うしてから辞めると話したら「いま辞めたいって話なんだよな? だったら、すぐ全部断ったほうがいい」とまで言ってくれて。でも、目の前の決まっている舞台を空けるわけにはいかなかったので、文田に子どもが生まれたばかりだったこともあり、「俺が育休を取るよ」と言ってくれたんです。

芸人を辞める決意をしたまま、直近にあった単独でのトークライブの日を迎えることになりました。

ライブは大盛りあがりだったのですが、エンディングで文田が「僕が育休を取る関係で、囲碁将棋はしばらく活動を休止します」と宣言したときに、文田の目がウルウルとしていることに気付いてしまいました。それでたまらず僕が、本当は自分が芸人を辞めたいと思っていることを話しちゃったんです。そうしたら笑いに来てくれたはずのお客さんも、どんどん泣き出しちゃって。

あのときは本当に、会場お通夜みたいな空気になってしまったのをよく覚えています。

――そんな状態から、どのようにしてまた舞台に?

転職活動をしようにも、コロナ禍で世の中が動いていない以上、なかなかやる気も起きませんでした。そうしていたら吉本から、“無観客の配信ライブ”に誘われたんです。
久しぶりに文田と2人でステージに立ったとき「やっぱり自分には漫才しかないわ」と思ったんですよね。言葉にすると、めっちゃかっこいいですけど。

ほかのコンビのネタを観るのも楽しかったんです。芸人のくせに、その……ちょっと元気をもらったというか。そして緊急事態宣言が明けてから、囲碁将棋はしれっと活動を再開しました。

単独公演も賞レースも、G-SHOCKと共に戦ってきた

――いま大事にされている時計は?

僕は学生時代を含めて、G-SHOCK以外の時計をつけたことがないんですが、特に長く愛用していたのは、2009年頃に師匠のように尊敬するPOISON GIRL BANDの阿部さんから譲り受けたG-SHOCKでした。

盤面が四角のクラシックモデルで、ベルトが切れてしまうまで10年近く腕につけていました。単独公演や賞レースのときなど、ずっと一緒に戦ってくれた大切な時計です。

いまつけているG-SHOCKも、阿部さんからもらったG-SHOCKのベルトが切れてしまったのをみて、大切な方がわざわざプレゼントしてくれたものなんです。

これまでと違うのが、長針と短針がついたアナログのデザインってことですね。でも中学生の頃からずっとデジタルを使っていたせいか、いまだに何時何分かをすぐ判断できないんですが(笑)

いまは左手の腕時計を覗いたあと、右手に持ったスマートフォンでも時間をチェックするという、謎すぎる行動を日常的にしています。
現状維持で、つながりだけは大事にして

――いつかほしいと思っている時計はありますか?

学生時代に憧れていた、イルカクジラモデルのG-SHOCKです。
スケルトンのデザインに惚れてしまったものの、値段的に手が出せないままでした。いまでも販売しているみたいなのですが、憧れのままにしておくのもありかもしれません。

いま着けている時計は、一生使っていくと決めています。阿部さんからもらった時計もいつか直して、やっぱりG-SHOCKとずっと生きていきたいですね。

――大事にされている時計と、どんな時間をこれから刻みたいですか?

こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないのですが「現状維持」でいきたいなと思っています。

20年以上も漫才一本でやってきて、向いていることも、苦手なこともわかってきました。どうしても、この先に劇的な未来の変化があるなんて思えなくて。

もちろん、いまの自分に満足しているわけではありません。でも、ずっとギリギリでここまでやってきた僕からすれば、現状維持ですら難しいから。

でももう芸人辞めたいという考えは時間の彼方に消えましたね。50歳ぐらいで、文田が引退したいなんて言い出したらどうしようかな。僕が育休取って、とりあえず休ませてあげるしかないかもしれません。


囲碁将棋が今年もエントリー中!
大会史上最多152組がエントリーする結成16年以上の漫才賞レース
『THE SECOND~漫才トーナメント~2026』
【開催日程】
東京選考会:2月13日(金)、14日(土)、15日(日)
大阪選考会:2月27日(金)、28日(土)
ノックアウトステージ32→16:3月
ノックアウトステージ16→8:4月
グランプリファイナル:5月 開催予定

川上 良樹 かわかみよしき エンタメ×ビジネスの観点で、ニッチなコンテンツを作り出すのが好きなフリーライター。休日はライブ・イベントレポートの現場にいる。特技は漫画アプリ巡回。 X:https://x.com/haouyoshiki この著者の記事一覧はこちら
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