●緊張感からホームグラウンドに…独特な京都の撮影
北大路欣也主演、藤沢周平原作による時代劇専門チャンネルのオリジナル時代劇シリーズ最新第9作『三屋清左衛門残日録 永遠(とわ)の絆』(時代劇専門チャンネル:3月7日19:00~ほか)。今作で描かれるのは、理不尽な苦しみを背負う者たちに、あたたかくも揺るぎない芯のある眼差しを向ける清左衛門(北大路)と、物語の鍵となるつましく生きる夫婦の物語だ。


初共演で夫婦役を演じた佐藤流司山谷花純が、作品に臨んだ心境や時代劇という文化を継承していく思い、さらには苦難に陥った際に助けられた経験などを語った――。

○「悲しみを押しつけない」「覚悟を生き抜く」役作り

――今回の役に挑むにあたって、どんなアプローチをされたのでしょうか。

佐藤:私が演じる友助はとても悲しい役だったのですが、演じる側として「自分、悲しいんです」とやりすぎると見てくださる方が冷めてしまう気がして。それでも強く生きようとする心の強さが垣間見えるように意識しました。

山谷:はなえは切ない役どころですが、「かわいそうな女性」とは思われたくなかったんです。限りある幸せや喜びのシーンを何十倍にも膨らませて、「覚悟を持って生き抜く女性」という意識で演じました。

――佐藤さんはこれまで『刀剣乱舞』など殺陣をやる作品も多いと思いますが、今回違いを感じた点は?

佐藤:友助は剣の達人ではなく、まだ習っている身分なので、強すぎないようにしました。がむしゃら感や緊張感、手の震えみたいなものを意識しましたね。

――上手くできないように見せる殺陣というのは、逆に難しいものですか?

佐藤:上手くやるのも下手にやるのも、難易度は一緒かなと思います。今回は手数もそこまで多くなかったので、現場で合わせていきました。

――山谷さんも時代劇の出演経験があると思いますが、今回違いを感じた点はありましたか?

山谷:東京と京都で撮る時代劇は、どこか雰囲気が違うなと思っていて。京都の太秦で撮る時代劇はとても緊張します。


――ベテランのスタッフさんが多いですし、その“職人感”も緊張につながるのでしょうか。

山谷:各部署に職人さんがいらっしゃる場所なので、まず受け入れてもらうところからスタートするのが京都の現場なのかなと思っていたのですが、入ってしまえばすごく優しくて、今回の撮影で約1カ月京都に滞在して、スタッフの皆さんとコミュニケーションを取るうちに印象も変わって、大好きになりました。

――佐藤さんは京都での撮影経験は?

佐藤:4回目くらいだと思います。今は勝手にホームグラウンドだと思わせてもらってる感じですが、確かに最初は緊張しました。入れば受け入れてくれて、「また来てね」と言ってくださるのがとてもうれしくて。

山谷:佐藤さん、京都にとても馴染んでいましたよ(笑)。「これはホームと呼べるな」と思って、ちょっとうらやましかったです。

――『三屋清左衛門残日録』は人気シリーズですが、この現場ならではの撮影方法や慣習はありましたか?

佐藤:誰かが一方的に舵を切るというより、キャスト・スタッフが一丸となって作っている環境だと感じました。監督が撮りたい画と、北大路さんが思う『三屋清左衛門残日録』という作品のあり方を、とても綿密に話し合っていて、監督が「ついて来い!」というより、全員で一つのゴールに向かって作り上げている印象でした。

山谷:9作目になるシリーズで、新しいゲストが入る時に、これまで積み重ねてきた歴史を各部署の方々が作業をしながら伝えてくださるのが、この座組ならではだと思いました。結髪の方や着付けの方が、「あのときはこんな大変なシーンがあったんだよ」と教えてくださるので、歴史を疑似体験できるような感覚があってとても楽しかったです。

○人見知りの沈黙を越えて――“夫婦”としての信頼関係

――お互いの印象はいかがでしたか?

山谷:今回が初共演なのですが、勝手なイメージで豪快な方だと思って緊張していたんです。
でも撮影を重ねるうちに、豪快さはありつつ、ものすごく気をつかってくださる心の根っこが優しい方だなと思いました。

佐藤:ありがとうございます。山谷さんは真面目ですね!

――おふたりで演技について事前に話し合ったことはありますか?

佐藤:撮影前にプロデューサーの方々と一緒に食事に行かせてもらったのですが、それがなかったら、「お互い人見知りすぎて現場で全くしゃべってなかったね」と話していました(笑)

山谷:あの時間があって本当に良かったです。

佐藤:最初にリハーサルをした時は食事に行く前だったので、会話が本当になかったんです。

山谷:幸せなシーンが、すごく硬いものになっていたかもしれません(笑)

●「お前は普通の人生を歩むなよ」父の思いを受けて役者に
――今回は、社会で理不尽な苦しみを背負う夫婦に清左衛門が希望の明かりを照らす物語ですが、おふたりがこれまでの人生で“希望の光”になったものがあれば教えてください。

山谷:小学生くらいからavexの音楽が大好きで、音楽の力は大きいなと思っていました。6年生でこの仕事を始めたころは、倖田來未さんの「walk ~to the future~」という曲を聴きながらオーディション会場に向かっていました。今、自分がavexに所属して18年くらいになりますが、ホームでもあり、自分に希望を与えてくれた場所でもあります。

佐藤:私は両親ですね。いろんなことを教えてもらったし、物心つく前から武道を習わせてくれて、そのおかげでアクションや所作ができることにつながっています。人生いろんなことがあり落ち込むときもあるけど、「両親が生きているうちは生きないとな」と思うこともあるので、希望の光というか、拠り所みたいな存在なのかなと思いますね。

――ご両親の言葉で印象に残っているものはありますか?

佐藤:自分が役者をやりたいと思ったきっかけでもあるのですが、父親に「俺は普通の人生を歩んできて面白くなかったから、お前は普通の人生を歩むなよ」とよく言われていました。
ハイボールを飲みながら毎回言うんです(笑)

――今のご活躍に対し、どんな反応がありますか?

佐藤:喜んでくれています。母親は素直に感想を言ってくれますが、父親は寡黙なのでそういうことはないです(笑)。でも、私が役者を目指し始めたタイミングで、父親も新しいことを始めまして、何だかんだ言って面白い人生を歩んでいるんじゃないかと、個人的には思っています。

○実際に一番うれしい贈り物は…

――今作では、友助がはなえを励まそうと贈り物をするシーンがありますが、ご自身ではどんな贈り物をされますか?

佐藤:贈り物って難しいですよね。趣味嗜好がすごく大事だし、喜ばれる可能性もあれば、「おぉ…」となる可能性もあるじゃないですか。迷った末に、昔、後輩の誕生日にPayPayで送金して「これで好きなもの買ってくれ」と言ったことがありました(笑)

山谷:それが一番うれしいかも(笑)

――時代ですね(笑)。山谷さんはうれしかった贈り物はありますか?

山谷:マネージャーさんが神社巡りが好きで、各神社のお酒をプレゼントしてくれるんです。私は普段インドアで旅行にあまり行かないのですが、そのお酒を飲むと旅行した気分になって豊かな気持ちになりますね。

――夫婦が共に苦難を乗り越えようとするお話でもありますが、ご自身が誰かと苦難を乗り越えたり、助けてもらった経験はありますか?

山谷:東日本大震災のときに地元(宮城県)にいたのですが、ライフラインが全て止まって東京へ来ることもできず、隔離されたような状況になって、「一人では何もできない」ということを改めて感じました。何かを乗り越えるためにはやはり誰かが必要で、私は家族やご近所の方に手を差し伸べてもらったんです。災害に限らず、普段過ごす中でちょっとした悩みや壁にぶつかった時も、人に助けてもらいながら今を生きていると感じます。

佐藤:小学校1~2年生の頃なのですが、女の子が目の前で泣いていて、氷が張った川の上に傘を落としてしまっていました。
それを取りに行こうとしたら、川の真ん中で氷が割れて溺れてしまって。人けのない場所だったのですが、たまたま通りかかったおじさんが引き上げて助けてくれて、それが運命の分かれ道だったなと今でも思います。「捨てる神あれば拾う神あり」で、九死に一生を得ました。意外と人生って、そう簡単にどん底にはいかないのかもしれないなと思いましたね。

●時代劇を未来へつなぐ使命「伝えなければ消えてしまう」
――昨今、メイド・イン・ジャパンコンテンツが世界から注目を集めていますが、役者さんの視点から、時代劇という文化を海外に伝えていきたい思いはありますか?

佐藤:時代劇が描く時代は、日本が独自の進化を遂げていた時代だったと思います。例えばヨーロッパの中世の表現がリアル寄りの方向に行く中で、日本は浮世絵みたいな“二次元寄り”の表現があったりするじゃないですか。そういう日本にしかない文化が多いと思うので、伝えていかないと消えてしまうと思うんです。だから、古き良き日本の歴史を伝える努力は必要だと思います。

――佐藤さんはご自身が作品の脚本・演出を手がけることもありますよね。

佐藤:日本は色彩感覚が独特だと思っていて、“色を愛でる”文化がある。そんな日本人の色使いの力強さや繊細さ、美しさを、1月から上演している『二十五億秒トリップ』でも表現しています。

山谷:昔はテレビをつければ時代劇がたくさん放送されていましたが、今は興味を持った人にしか届きにくくなってきたと思います。
いつか「時代劇」という言葉自体を知らない世代が出てくるんじゃないか。時代劇をたくさん経験されてきた先輩方も、この先現場を離れていくことになると思うので、次の世代にどう届けるのかと考えると、自分の体を使って知識をもっと得て「伝える努力」を諦めてはいけないですよね。私のような20代後半、30代前半の世代は特に強く意識したほうがいいと思います。

2025年は「着物を着る役をたくさん演じたい」と目標を掲げてスタートを切ったのですが、その理由は30代になった時に時代劇を自由にできるようになっていたいということだったんです。所作やセリフの言い回しもまだ勉強中なので、経験を積んで、良い30代を迎えられたらと思います。
編集部おすすめ