愛用する腕時計を手がかりに"人生の時"を語ってもらうインタビュー連載『夢を刻む、芸人の時計』。テレビでおなじみのあの芸人は、どんな若手時代を過ごし、ブレイクの瞬間を迎え、どのように未来を刻んでいくのだろうか?そのストーリーに迫る。


本稿で話を聞いたのは、お笑いコンビ 東京ホテイソンのたけるさん。1995年3月24日生まれ、岡山県高梁市出身で、芸能プロダクション グレープカンパニーに所属している。相方のショーゴさんと2014年に東京ホテイソンを結成した。
祖父の影響と最初の時計 芸人人生の原点

――初めて自分で買った時計は、どんな時計でしたか?

うわ、憶えてないなぁ…。大学のときですかね?BEAMSだったかな、たしか服屋さんで売っていた、ミリタリーをモチーフにした時計を買ったような気がします。バイト代で買えるような、2~3万円くらいのものだったんだろうと思います。

――もともと時計はお好きでしたか?

うちの父親は時計をつけない人だったんですが、爺ちゃんがオシャレな時計を持っていたんですよね。だから「大人になったら良い時計が欲しいな」とは思ってました。

――お笑いは、学生の頃から目指していたんでしょうか?

ボクは大学在学中に芸人を始めているんですよ。「東京に来たからには、表舞台に立つようなことをやりたいな」という思いがあって、有名人になりたくて芸人の道を選びました(笑)。

ほかにも、ギターを弾けるようになってライブに出たり、いろんなことをやっていました。バラエティ番組はよく見ていたし、エンタの神様、爆笑レッドカーペットに出てくる芸人さんも好きだったので、選択肢の1つとして芸人を始めた、という感じです。


とにかく人前に出て明るいことをするのが好きだったんですね。当時は、小島よしおさん、『ピラメキーノ』に出ていたフルーツポンチさん、はんにゃさん、といった芸人さんたちをよく見ていました。

――初めてお笑いの舞台に上がったときのことは、憶えていますか?

ショーゴと出会う前のことで、当時は別の相方とコンビを組んでいたんですが、「お笑いって厳しいな」と思った記憶は残っています。だから、初舞台ではすべっていたんでしょうね(笑)。

あれは下北沢の劇場でした。漫才師=スーツのイメージがあったので、新調したかったけど金もなく、大学の入学式にあわせて爺ちゃんが仕立ててくれたスーツを着て舞台に立ちました。

ボクは幼少期から岡山県の伝統芸能である備中神楽をずっとやっていたので、人前に出て何かをやることには慣れていた部分もあるんです。でも相方がめちゃくちゃ緊張していて、すっごいネタを飛ばしちゃって(笑)。お客さんは10人くらいしかいなかったと思います。

――相方のショーゴさんとは、どこで知り合われたんですか?

相方募集掲示板というもので出会いました。ボクの書き込みをショーゴが見てくれて、連絡をくれて。だから、よく『出会い系コンビ』と言われています(笑)。
普通なら同級生で組んだり、養成所で知り合ったりするんでしょうけど……。それでコンビを組んだ、という話はボクの周りでも聞かないですね。当時は大学生でNSCに入るお金もなかったので、ネットで「相方 募集」みたいな感じで検索したら、それが出てきて。

――すぐに意気投合されて?

いえ、気が合う感じではなかったです(笑)。でも前のコンビではボクがネタを書いていて「もう無理だ」となったので、ネタを書ける相方が欲しかったんですね。それでショーゴに会ってみたら、ネタを書ける奴=ちょっと暗そう、という自分が抱いていたイメージにピッタリで、組んでみようかとなりました。

その後、2年くらい一緒に住んでいました。はじめに沼袋で契約したとこが家賃8万円で、4万円+4万円で折半していたんですが、ちょっと高いなということで笹塚のワンルームで月5万円くらいのところに引っ越して、下がショーゴ、上のロフトがボクの居住スペース、みたいな感じで住んでいました。


「なくても良いもの」にお金を使う美学 USN BUSHIPSと大切にしている時間

――芸人をやめようか迷ったことはありましたか?

大学で就活がはじまるタイミングで、ちょっと考えました。うちのオヤジは「好きなことをやれば良い」と言ってくれていたんですが、母ちゃんが心配していて。うちの兄が明治大学を卒業して銀行員になっていたこともあって、自分はどうしようって、一瞬だけ考えました。

たぶん実家で毎日親と顔を合わせていたら、進路について話し合って、お笑いの道は諦めていたかも知れません。
でも実家は岡山でこっちは東京に住んでいるので、辞めずに済みました。

あとは、コンビ解散の危機のときに「岡山に帰ってほかの仕事をするか」と頭をよぎったこともあります。それも一瞬でしたけど。

――いま大切にしている時間は?

ランニングの時間ですかね。毎日、走っています。どれだけ忙しくても、走る時間は確保したくて。冬の寒さにも慣れました。いまは「走らないほうが気持ち悪い」と思うようになっています。基本的には、朝、走って身体を起こしてから仕事に行く、という生活です。もう2年くらい経ちますね。はじめのうちは2日に1回、長くて5kmだったのが、現在は毎日10km走っています。

もともとフジテレビさんの27時間テレビの「100kmサバイバルマラソン」という企画に参加したのがきっかけです。
学生時代は陸上部で中長距離をやっていたんですが、社会人になってまったく走らなくなって。でもそのお話をきっかけに走るようになりました。昨年は「おかやまマラソン2025」でサブ4(42.195kmを4時間以内で完走すること)を達成したので、次はサブ3.5を目標にしています。

――いま大事にしている時計はありますか?

はい。いま着けているのが、野性爆弾のくっきー!さんと一緒にCurious Curio(キュリオスキュリオ)というビンテージウォッチの専門店を訪れたときに購入した時計です。

アメリカの海軍で使われていたUSN BUSHIPS(United States Navy Bureau of Ships)モデルになります。時計に限らず、レトロなもの、ビンテージものって惹かれるんですよね……。これは昔のクラウンのような旧車が好きだった爺ちゃんの影響なのか、あるいは備中神楽をやっていた影響なのか、分かりませんが。

ファッションではミリタリーの洋服も好きで買っていたので、この時計がとても気に入りました。

はじめはIWCのパイロット・ウォッチが気になっていて、「いつかお金が貯まったら欲しいな」と見ていたんですが、昔のモデルも販売されていることを知って、そこからビンテージの時計全般を調べ始めた、という経緯で見つけました。

くっきー!さんは良い時計をたくさん持っていらっしゃるので、テレビの収録時にもいろいろ聞いています。

――時計を購入する動機になった出来事はありますか?

そうですね、知り合いの作家さんが打ち合わせ終わりに、あれは表参道だったかな、IWCの100万円を超える時計を買っているのを目の前で見て。
この時代はスマートフォンもあるし、正直、時計ってなくても良いものじゃないですか。なくても良いものに、こんなにお金を使うことがシンプルに格好良く思えたんですよね。

ボクの購入したUSN BUSHIPSは、時計の文字盤が小さめで自分の腕にも似合っていると思います。

――たけるさんにとって時計とは、どんな存在ですか?

もう、身体の一部のような存在になっていますね。買ってから、着けていない日はないです。特にUSN BUSHIPSは愛着があるし、これからも大事にしていきます。ランニングするときはスマートウォッチを使っていて、あともう1本、くっきーさんがプロデュースした時計も持っています。その日のTPOやファッションに合わせて使い分けています。

スマートウォッチを着けると「走るぞ」という気分になりますし、USN BUSHIPSを着けると「お出かけ」モードになります。時計がトリガーになっているのを感じますね。


「M-1の賞金でIWCを」これから目指す芸人像

――いつか手に入れたい時計はありますか?

そうですね、IWCの現行モデルはいつか買いたいですね。最初に欲しい、と思った時計なので。
いま愛用しているUSN BUSHIPSは自分のために買いましたが、今後、IWCを買う機会があるとすれば、将来家庭を持って子どもができたときに、その子に継ぐことも考えて買いたいと思います。

芸歴何年目の記念に大きな買い物をする、という人もいらっしゃいますね。ボクが何かの記念で時計を買うとしたら、それはM-1グランプリの賞金かなぁ、と思います。500万円をもらっても、使い道を決めていないと、気付いたら使っちゃっていると思うんです。それなら形にしたいし、「この時計はあのときに買ったんだよ」と言えると良いですよね。それがイチバン良い賞金の使い方かなぁ、と思います。

――この先、どんな時間を刻んでいきたいですか?

旅行が好きなので、いろんなところに行きたいですね。それこそアメリカに行きたいです。USN BUSHIPSを里帰りさせてあげたい(笑)。まだ海外のロケに行ったことがないので、そのあたりにも期待しています。

――最後に目指す芸人像について教えて下さい

事務所の先輩であるサンドウィッチマンさんもずっと全国ツアーをやられていて、ボクたちも5年前からやっているんですが、ここの軸足はずっと残していきたいと思っています。テレビ、ラジオ、そういう媒体に出る仕事も大事ですが、ネタで世の中に出てきたコンビなので、ネタをやらなくなったらいけないと思っていて。

全国ツアーを周っていると、土地によってネタのウケる箇所に違いがあることに気付けて面白いんですよ。あとは単純に、テレビの仕事もやりつつ全国ツアーをやっている、って格好良いじゃないですか(笑)。このあいだも、ぱーてぃーちゃんの信子に「全国ツアーやってるんでしょ?かっけぇ~」みたいに言われて(笑)。芸人なので、格好良くありたいという思いは常に根底にありますよね。

新しいネタを初めて舞台にかけるときは、まだ緊張しますね。これは芸人あるあるなんですが、自分たちが面白いと思って笑いながら作ったネタが、全然ウケないということがあるんです。作り手のエゴが強すぎて客席に伝わらないというケースです。ボクたちのネタは強めにつっこむ芸風なので、そこですべったらボクがダイレクトに喰らいます(笑)。それがイチバンしんどいですね。まぁ、あっけらかんな人間なので、ひと晩寝ちゃえば忘れられるんですが。

――たけるさんの誠実で実直な人柄がうかがえるインタビューになりました。本日はありがとうございました。

取材:葉山澪
構成/撮影: 近藤謙太郎
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