第98回アカデミー賞で作品賞など9部門でノミネートされている『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(3月13日公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ)は、実在の卓球選手であるマーティ・リーズマンの人生に着想を得、嘘つきで女たらしで自己中な最低男、マーティ・マウザー(ティモシー・シャラメ)の野望を描いた作品である。とにかく主人公のマーティが徹底的にクズで、共感できる部分がほとんどないのが、この作品の興味深いところだ。


物語は1952年のニューヨーク、叔父が経営する靴店で働くマーティの姿を捉えるところから始まる。マーティは、自身で選んだのではない、レールを敷かれたような人生から逃れられずにいる。卓球のプレイヤーとして天賦の才能を与えられたマーティには、世界王者に君臨するという野望があり、靴店での仕事は世界選手権に出場するための資金稼ぎに過ぎなかったのだ。

ロンドンの世界選手権に出場はできたものの、決勝戦で日本のコト・エンドウ(川口功人)に敗北。失意の中、帰国すると恋人のレイチェル(オデッサ・アザイオン)に妊娠を告げられ、国際卓球協会からは、ロンドン滞在中に費やした金を返済するまで大会の出場禁止を言い渡されてしまう。

日本で開催される次回の世界選手権に出場するため、借金返済の資金集めに奔走するも、その場しのぎの金策はことごとく失敗に終わる。万策尽きたマーティは、ロンドンで知り合った富豪のミルトン・ロックウェル(ケビン・オレアリー)に日本に連れて行ってほしいと懇願するのだが、ロックウェルから「ある契約」を持ちかけられ……。果たしてマーティは雪辱を果たせるのか? そして、見つけた「夢より大事なもの」とは何か?

○典型的なスポーツ映画とは一線を画す構成

本作は卓球の王者を目指す男を描き、スポーツ映画の体裁をとっているように見える。しかし、スポーツ映画で描かれる、努力だとか、成長だとか、友情といった典型的なテーマはほとんど扱われない。監督のジョシュ・サフディが描いているのはスポーツにおける勝利ではなく、勝利そのものに対する強迫である。

ジョシュ・サフディが弟のベニー・サフディと手がけた『グッド・タイム』(2017)と『アンカット・ダイヤモンド』(2019)の主人公は、本作の主人公・マーティと共通する点がある。それは、勝つためであれば、倫理や道徳を平気で無視するというところだ。
サフディ作品の主人公は、常に運動の中に閉じ込められていて、走り、賭け、破滅へ向かうダメな人だ。その運動は倫理や道徳ではなく、欲望よって突き動かされているのだが、彼らは、自身をコントロールできていると思い込み暴走を続けるのだ。本作が過去作と異なるのは、運動の中に閉じ込められていた主体が、逃げ場のない都市部にも閉じ込められていたのに対し、空間的な広がりを見せる点で、ニューヨーク、ロンドン、東京と移りゆく舞台は「世界をつかむ」というスケールの拡大に寄与している。しかし、疾走感、破滅的な美学はそのままである。

○作品で卓球が表しているもの

ここで、作品に卓球という競技を持ち込んだことに触れよう。アメリカのスポーツというと、野球やバスケットボール、アメリカンフットボールが想起され、卓球はアンダーグラウンドカルチャーの一部として位置づけらていた。プロダクションノートによれば、サフディは、卓球が得意な人たちは他に居場所を見つけられなかった人だったと発言しており、卓球は他のスポーツと比べ格下であったから、自然と変人や純粋主義者、偏執的な人々を引き寄せたと指摘している。それらの側面は、良くない意味でマーティの人物像に反映されていると言えるだろう。

また、卓球は、反射神経の高さ、リズム感、即時の判断力が問われるが、これはサフディの作風と一致する。思考よりも先に身体が動くのだ。こう捉えた場合、本作において卓球は単なるスポーツではなく、それは反射のゲームである。画面の中で小さな卓球のボールが往復するリズムは、映画の編集においてスピード感を生み出しているが、その速度の中で、思考は常に遅れる。
残るのは反応だけだ。

反応力の高さの追求は、言ってみれば、ひたすら成功を追い求めたアメリカンドリームの表象である。典型的なアメリカンドリームを描いた作品では、努力した結果が成功をもたらすが、本作が描いているのは、欲望する主体の暴走であり、その結果としての中毒的な症状である。マーティが追い求めているのは、もはや勝利ではなく、勝利の瞬間に訪れる快楽に変わっていて、その快楽に依存するようになってしまっている。アメリカンドリームと言っても、その姿は明らかに歪んでおり、歪んだアメリカンドリームは、マーティだけではなく、妊娠した恋人のレイチェル、富豪のロックウェル、ロックウェルの妻・ケイ(グウィネス・パルトロウ)の、どこか自己中心的な人物像にも表れている。

1952年と言うと、サンフランシスコ講和条約が結ばれた翌年である。作中でも、日本人が国際大会に出られるのか?といったセリフもあり、第二次世界大戦をネタにしたキツめのジョークも散りばめられている。「ピンポン外交」の約20年前が、本作の舞台となっているわけだが、ここを起点とすると、国際社会に復帰した日本が、その後、成功を追い続けるアメリカンドリームの実験場になっていくことを暗示してはいないだろうか。

○現在へと接続する音楽の使われ方

また、80年代に入ると日米間で経済摩擦が起こるが、アメリカンドリームの終わりと重ね合わせると、本作では興味深いことが提示されている。それは、劇中使われている音楽によるものだ。50年代の音楽が採用されているのは当然として、時代にはミスマッチな80年代のポップミュージックが随所に挿入され、それらが物語の補助線になっているのである、しかもベタな方向で。映画の冒頭とエンディングで流れるティアーズ・フォー・フィアーズの2曲は特に象徴的で、象徴と言うより、映画を説明する機能を果たしていると言えよう。
さらに、サフディ作品の音楽としては常連のワン・オートリックス・ポイント・ネヴァーこと、ダニエル・ロパティンの楽曲群は極めて現代的で、本作は、今の時代からアメリカンドリームとその終焉を俯瞰した構造になっているように見えるのだ。
○終わらせられない男の物語

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』が描くのは、成功の物語ではない。むしろ、成功という運動から降りられない男の物語なのだ。卓球のラリーが終わるには、誰かがミスをしなければならない。しかし、この映画の主人公は、そのミスを決して引き受けない。だから、彼は勝利し続けるのではない。ラリーを終わらせることができないのである。

■出演者(役名/俳優名)
マーティ・マウザー:ティモシー・シャラメ
ケイ・ストーン:グウィネス・パルトロウ
レイチェル・ミツラー:オデッサ・アザイオン
ミルトン・ロックウェル:ケビン・オレアリー
ウォーリー:タイラー・オコンマ(タイラー・ザ・クリエイター)
コト・エンドウ:川口功人

■スタッフ
監督・脚本:ジョシュ・サフディ
音楽:ダニエル・ロパティン

配給:ハピネットファントム・スタジオ
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