市谷の杜 本と活字館「明朝体展」レポート4回目、最終回です。前回に引き続き、トピックごとに展示台の見どころを紹介していきましょう。
明朝体って何種類あるか知っていますか? - 話題の「明朝体展」レポート(1)
明朝体の歴史を体感できる巨大年表が圧巻! - 話題の「明朝体展」レポート(2)
デジタルフォントの手書き原図に驚く - 話題の「明朝体展」レポート(3)
【4】この明朝体は、あの文字だったのか! ――それと知らずに触れている書体
私たちが普段iPhoneやMacで目にしている「ヒラギノ明朝体」や、デジタルフォントの定番「リュウミン」「筑紫明朝」など、その書体名も含めてよく知られている書体に比べると、その名前を聞いてもすぐにはピンとこない明朝体もあるかもしれません。
活字 (ベントン彫刻機) 時代に生まれた書体として展示されている「本明朝」(リョービ印刷機販売 /のちのリョービイマジクス、現 モリサワ)や「岩田明朝体」(イワタ) は、もしかするとそんな書体かもしれません。
「本明朝」は、写植になってからの名前ですが、もともとは「晃文堂明朝」といって、活字時代に生まれた明朝体でした。晃文堂は、リョービの前身となる活字製造販売会社です。
1970年にリョービが写植機製造に参入した際、「細明朝」として写植文字盤化しましたが、ベントン原図をそのまま文字盤にしてしまったために線が細すぎて、すぐさま改刻されました。そうして生まれたのが「本明朝」です。
実は現代の私たちにとても身近な書体なのですが、「でもあまり名前を聞いたことがないな」と思っている人が多いかもしれません。
実は「本明朝」は、Windowsに標準搭載されている日本語フォント「MS明朝」(リコー) のベース書体なのです。ですので、もしかすると今回の展示で、もっとも一般的に使われている明朝体かもしれません。
デザインした杉本幸治さんは、もともと出版社の三省堂で、辞書用活字のデザインを手がけていた人でした。辞書用ということは、7ポイント、6ポイントなど、かなり小さく使われる文字です。そのサイズで潰れないために、「本明朝」はフトコロが広く明るく、力強い書体となっており、1982~3年にリリースされたにもかかわらず、いま見てもまったく古くありません。
「Macに標準搭載されているヒラギノ明朝体や、やはりWindowsに標準搭載されている游明朝体も同じですが、パソコンを買ったらついてくるフォントだからといって手を抜いてつくられているわけではないですし、歴史がないわけでもないんですよ」と佐々木さん (市谷の杜 本と活字館 企画展担当)。
「MS明朝」のおおもとの文字が活字時代 (晃文堂明朝は1958年リリース) に生まれていたとは、おどろきますね。
そして活字 (ベントン彫刻機) 時代の明朝体として展示されているもうひとつの書体が「岩田明朝体」です。この書体は2000年にデジタルフォント「イワタ明朝体オールド」として改刻され、現在も使われています。
岩田明朝体をつくった岩田母型製造所 (現 イワタ) は、とても大きな活字製造販売会社でした。展示されている書体見本には、明朝体だけでなくゴシック体や正楷書体が豊富なサイズで掲載されており、会社の大きさを物語っています。活字の時代から新聞や書籍で多く使われ、最盛期には日本の活版印刷物の約半数以上が岩田母型製造所の活字だったともいわれています。
クラシックな雰囲気や、こうした歴史を持っていることから、デジタルフォントとなったいまでも、書籍の本文によく使われている書体です。おそらく、みなさんも一度はイワタ明朝体オールドで本文が組まれた書籍を手にしたことがあるのではないでしょうか。
1文字ずつ見ると、文字が暴れているようにも見えますが、文章を組むとそれが心地よいリズム感となって読みやすく、濃度がそろいすぎていないことが魅力となっている、ちょっと不思議な明朝体です。
なお、イワタ明朝体オールドの改刻を監修したのは、モトヤ、写研を経てイワタ顧問となり現在も活躍中の書体デザイナー、橋本和夫さんです。
(詳しくはマイナビニュース「活字・写植・フォントのデザインの歴史 ― 書体設計士・橋本和夫氏に聞く」 をご覧ください。
「橋本さんや、毎日新聞・モリサワ・アドビで書体を制作した小塚昌彦さんのように、活字の時代から書体デザインにたずさわった人たちが写植書体を制作し、そしてデジタルフォントのデザインにもたずさわってきた。こうした人々の技術と知識の蓄積が継承されているからこそ、現代の若いデザイナーが育っていくのだと思います。
鳥海修さんが主宰する文字塾に、毎年、明朝体を習いたい人が集まるのも、鳥海さんが見てきたものを教わりたいからですよね。だから、いまの若いデザイナーが明朝体をつくりたいと思ったときに、そうやって技術と知識を継承してくれる人の存在があることが、どんなに大きいか、と思うんです」(佐々木さん)
【5】明朝体活字の二大潮流って? ――ここから日本の明朝体活字が始まった
展示室の一番奥まで行くと、「築地体」「秀英体」が並んでいます。このふたつは明治生まれ。日本の明朝体活字としてはもっとも歴史のある書体で、「明朝体活字の二大潮流」と呼ばれています。このころの活字は、最初に職人が活字と同じサイズ、左右逆像で、ハンコのように文字を凸刻した「種字」をおおもととして製作されていました。
日本の明朝体活字の歴史をひらいた「築地体」は東京築地活版製造所 (築地活版) の書体ですが、実は築地活版は1938年 (昭和13年) という早い時期に経営不振で解散してしまいました。
「でも、会社がなくなってしまったからこそ、その後、築地体インスパイア系の明朝体をいろいろな会社、人がどんどんつくっていきました。いまもつくり続けられています。明治時代のおおもとの文字を人が彫っていたころに、100年以上後の人たちがなおも『つくりたい』と思うような品質のいい書体を一揃えつくっていたのは、とんでもないことですよね」(佐々木さん)
一方の「秀英体」は、ここ本と活字館を運営する大日本印刷のオリジナル書体です。
秀英舎は最初は活字鋳造設備を持っておらず、築地活版から活字を買っていたのですが、やがて自社オリジナルの活字書体がほしくなり、開発をはじめます。各サイズがだいたいそろったのが1912年 (明治45年) ごろのことです。
「ただ、当社は種字がほとんど残っていないので、展示しているのはベントンやDigisetの原図など、後の時代のものになります」
めずらしいのはDigisetの原図かもしれません。1970年代以降、大日本印刷はコンピューター組版 (CTS) を導入しました。CTSは事業開始最初はネガフィルムで印字をしていた、つまりアナログ (光学式) だったそうですが、やがてDigisetという出力機を導入したことで、それに使えるよう、書体もデジタル化されました。電子的に印字するDigisetでは、100×120ドットのデジタルフォントが必要でした。
展示されているのはこの原図で、拡大投影機を用いてベントン母型彫刻機用の原図を168mmに拡大し、修整したものです。これをスキャナーで読み取って、ドットフォント (ビットマップフォント) としてデジタル化しました。デジタルフォントというとアウトラインフォントばかりを思い浮かべがちですが、実は1970年代のこうした歴史があったうえでのアウトラインフォントだということも、佐々木さんは伝えたかったといいます。
ちなみに、今回展示はされていませんが、Digisetの導入は大日本印刷より凸版印刷のほうが先でした。展示の年表で確認してみてください。
秀英体の展示台にはもうひとつ、鉛筆書きの原図が展示されています。これは2005年から丸7年かけて行なわれた「平成の大改刻」、OpenTypeフォント化の際の原図です。デジタルフォントなので墨入れまではされていませんが、とても美しい原図です。制作したのは字游工房の鳥海修さん。こうして見ていくと、鳥海さんが手がけた書体がいかに多いかを感じる展示でもあります。
もうひとつ特筆すべきは、秀英体は明治から現代まで一つの会社で開発が続けられた、唯一の明朝体であるということです。
ひと通り展示を見終えて
現代から明治のはじめまで、日本の明朝体活字を紹介する展示は、ここまでです。出発点となる「明朝体の二大潮流」までたどりついて振り返ると、実は、展示されているすべての書体が、なんらかのかたちで今もデジタルフォントとして使い続けられていることに気づきます。その背景には、それらの書体が時代と技術の変化に合わせて何度も改刻を繰り返してきたことがあります。
明朝体展は、1種類と思われていた「明朝体」が実は400種類以上もあり、それぞれが時代や技術、用途やコンセプトによって多様なデザインを持つこと。そして、100年以上前に生まれた明朝体がいまも使い続けられている、歴史のあるものであるということ。そうした奥行きと、歴史の重なりを感じさせる展示でした。
最後に、「そもそも明朝体の金属活字は、いつ、どこで、だれが作ったの? 」という疑問を解くひとつの鍵、香港字の展示も。貴重な出版物と活字をお見逃しなく! (写真は『旧約全書』香港英華書院刊、1864-1865、香港版画工作室・当代印芸 所蔵)
明朝体カプチーノやおみくじなど、お楽しみメニューも充実!
ふだんは意識することのない、でも私たちの身のまわりにあふれている「明朝体」。展示の最後には、今日の明朝体運を占える「明朝体おみくじ」があり、明朝体展オリジナルデザインの活版しおり印刷体験もできます (事前申し込み不要、無料) 。
1階の喫茶では明朝体カプチーノなど、企画展オリジナルメニューもあって、お楽しみメニューも充実。
なんといっても入館料無料なので、ぜひ足を運んで、明朝体の奥深い歴史に触れてみてください。そうそう、ボリュームたっぷりの解説冊子が無料で配布されていますので、展示室入口でもらってくるのをお忘れなく!
企画展担当の佐々木愛さん、ご案内ありがとうございました!
写真:杉浦志保(編集部)・雪 朱里
○【市谷の杜 本と活字館 企画展「明朝体」】
会期:2026年2月21日(土)~2026年5月31日(日)
監修:岡田一祐 (慶應義塾大学)
編集協力:雪 朱里
協力:翁秀梅、Hong Kong Open Printshop Limited、Monotype株式会社、株式会社SCREENグラフィックソリューションズ、アドビ株式会社、一般財団法人印刷図書館、株式会社イワタ、株式会社写研、株式会社モリサワ
展示デザイン:中沢仁美、大重頼士 (シービーケー)
グラフィック:大日本タイポ組合
主催:市谷の杜 本と活字館
●市谷の杜 本と活字館
東京都新宿区市谷加賀町1-1-1(大日本印刷)
開館時間:10:00~18:00休館:月曜・火曜 (祝日の場合は開館)
入場無料
https://ichigaya-letterpress.jp/
Instagram :@ichigaya_letterpress











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