2020年度東京都社会人サッカーリーグ2部で優勝し、来シーズンから同リーグ1部への昇格を決めたTOKYO CITY F.C.。その来シーズンから「SHIBUYA CITY FC」へクラブ名を変更することを発表するなど話題の多い1年となった。同クラブでは阿部翔平選手や柴村直弥選手などJリーグでも活躍した選手がプレーしているが、今回はフロントスタッフとして彼らと同じようにJクラブから“移籍”した島下大明氏の目線からTOKYO CITY F.C.の実像に迫った。彼はなぜJリーグクラブを辞め、8部に相当するクラブでプロボノとして活動する道を選んだのか。

ツイッターアカウントに人格を持たせる

――まずはTOKYO CITY F.C.で活動するまでのキャリアについて伺わせてください。学生時代にはカンボジアのサッカークラブでインターンシップを経験されたとか。

島下「当時はトライアジア・プノンペンF.C.というクラブ名で、現在のアンコールタイガーFCですね。2014年、まだ大学生だった頃に1シーズンほどお世話になりました」

――どんなことが印象に残っていますか?

島下「インターンを始めた当初はまだ市民に認知されていない状況だったのですが、好調だった成績に比例してスタジアムにサポーターが増えていくのがうれしくて。街中でもユニホームを着ている人が増えたり、私が外でご飯を食べに行くと声をかけてもらえたり。言葉が通じない人たちとサッカーを通じて感情を共有できる感覚はずっとスポーツに関わり続けたいと思えたきっかけでもあります」

――成績以外でスタジアム来場者数が増えた要因はありますか?

島下「カンボジアの人はフェイスブックアカウントを持っている人が多いんですよ。だから、クラブとしてもフェイスブックを通じて監督から熱いメッセージを発信するなど、SNSを通じたコミュニケーションはファンのエンゲージメントを高める上で重要だったと思います」

――そして2016年、ガンバ大阪に就職されます。同クラブでは広報としてSNS運用を担当されていました。意識されていたことはありますか?

島下「ツイッターのアカウントに人格を持たせることです。チームに一番近いサポーターであるとキャラクター設定をして、クラブへの偏愛があふれるような投稿を心がけていました。手ごたえを感じたのは2018年シーズンのルヴァンカップグループステージ第2節浦和レッズ戦。このシーズンは序盤戦でチームがまったく勝てなかったのですが、中村(敬斗)選手のプロ初ゴールなどで勝利した試合後に『ほっとした……』と感情を吐露するようなツイートを投稿したところ多くのサポーターが好意的に受け止めてくれて。この日の反応は一番印象に残っている経験で、その後のSNS運用を礎にもなっています」

2018年シーズンルヴァンカップグループステージ第2節後のツイート

――当時、急にガンバ大阪公式ツイッターアカウントが “キャラ変”したことでサポーター間では賛否両論が起きたと記憶しています。

島下「負けた試合後などは特に批判もありました。ただ、感覚としては8対2くらいで好意的な反応でしたし、エンゲージメント率も高まりました。フォロワー数も指標として追っていましたが、Jリーグ全体的に伸び率が低くなっている印象もあったので(エンゲージメント率などの)違う指標も意識するようになったという経緯ですね」

――SNS運用のお仕事を経験されて得た学びを教えてください。

島下「お客様になりきる大切さですね。ソーシャルリスクを重視してサポーターのクラブに対する感情や温度感を徹底的に調べていました。そこを外す投稿をすると共感してもらえないですし、下手をすれば炎上していたと思います」

選手だけでなくフロントスタッフもJクラブから東京都2部へ“移籍”。TOKYO CITY F.C.あらため「SHIBUYA CITY FC」が目指すもの

アカウントに人格を持たせた結果、エンゲージメント率が高まったと島下氏は語る

試合に依存した収入に頼らない

――そんな約3年間のガンバ大阪在籍を経て、次に選んだクラブはTOKYO CITY F.C.でした。

島下「ガンバ大阪を退職したのは、自身のキャリアを考えた時に外で違う形でビジネスを学んだ方がいいと考えたからです。次の転職先も決まり、プロボノとしてサッカーに携われるクラブを探している中でツイッターを通じてTOKYO CITY F.C.の存在を知りました。最初はクラブのグッズなどのクリエイティビティが高いことに興味を惹かれて、HPなどでクラブのことを調べる中で活動方針にも共感できたので『一度話を聞いてみたい』とコンタクトを取ったことがきっかけです」

――その活動方針は島下さんが『外で違う形でビジネスを学んだ方がいい』と思われた転職動機にも繋がると思うのですが、Jリーグクラブと比較してTOKYO CITY F.C.は何が違うのでしょうか?

島下「一般的にJリーグは営業収益がチームの成績に大きく左右されるところがあります。なので、リスクヘッジとして強化費への投資が最優先となり、それ以外の事業面への投資とグロースが課題としてあると思っています。TOKYO CITY F.C.が面白いのは収入のバリエーションが多いことです。試合に依存した収入に頼らない我われの取組みはサッカー界に示唆に富んだ事例を示すことに繋がると思います」

――2019シーズンの売上内訳を拝見すると売上1780万円のうち39%がコンテンツ収入(56%がパートナー収入)となっています。このコンテンツ収入のバリエーションが豊富であるという理解で正しいですか?

島下「正しいです。例えば、私が加入する前の話ですが、活動コンセプトを『サッカーに触れる機会を増やす』としているので、渋谷のクラブ『WOMB』でプロジェクションマッピング×ミニサッカーのイベントを行ったり、ベンチャー企業のフットサル大会を主催したりしました。プロジェクションマッピングのイベントはサッカーに興味がない人にも楽しんでもらいたいと思って“光るボール”などを使うことで、インスタ映えで喜んでもらいたいという考えで企画したと聞いています」

――2020シーズンはコロナ禍でリアルイベントの開催は難しかったと思うのですが、コンテンツ収入の状況はいかがですか?

島下「おっしゃる通りでコロナの影響もありコンテンツ収入は苦戦しています。一方で今年の特徴はスポンサー収入です。ただ、これは一般的なJリーグのパートナー収入とは少し違っていて。例えば『ユーグレナ』(微細藻類ユーグレナ・クロレラなどを活用した食品、化粧品等の開発・販売を行う企業)様はうちの選手と連携して便益成果検証の実施を行っていて、その協力に対して売上をいただいています」

――クラブパートナーはスタートアップ企業が多いです。これは意図的にアプローチをされた結果でしょうか?

島下「まずオフィシャルトップパートナーである『Queue』様にご紹介いただいてパートナー契約に至った企業様が数社あると聞いています。それに加えて大企業と比較するとスタートアップの方が『TOKYO CITY F.C.と一緒に成長したい』というスタンスで我われの活動方針に共感いただく機会が多いのも事実です。そうした経験を踏まえて(スタートアップに)お話させていただく比率が高まっているようです」

――2020シーズンの予算達成率は何%を予定されていますか?

島下「現時点(取材日:12月上旬)でおかげさまで当初予算の100%を達成することが出来ました。売上で5000万円超です。緊急事態宣言も出た4、5月は厳しかったですが、今年は短期的にクラブを成長させるためにクラブのあらゆるアセットを活用してパートナー企業のSNSの運用代行や動画の編集を受託して売上を作った側面もあります。ただ、この先はスポーツ文脈のイベントやプロモーションのディレクション、コンサルティングなどの比率を増やしていく予定です」

数多くのポテンシャルを秘めた街

前述の通りTOKYO CITY F.C.は2021シーズンよりクラブ名を「SHIBUYA CITY FC」に変更する。ホームタウンの広域化に伴うクラブ名変更はJリーグでもいくつか例があるが、逆のケースは少ない。なぜ今回の決断に至ったのか。ここからは取締役/コンテンツディレクターの畑間直英氏にもご登場いただき、その真意を聞いた。

――来シーズンからクラブ名を「SHIBUYA CITY FC」に変更されます。これから事業規模を大きくしていくステータスでホームタウンを狭める決断をされた理由を教えてください。

畑間「確かにホームタウンを東京から渋谷に変更することは一般的にはサイズダウンと捉えられることは多いです。ただ、一般的な街と違って世界的にも注目度の高い“渋谷”なので。渋谷が持つ街のポテンシャルを最大限活用したいですし、日本のサッカークラブが到達していない事業規模をこの街で目指せるくらいのビジネス機会は作れると考えています」

――事業規模を大きくすることに伴って継続性へのリスクも高まります。必ずしもJリーグ参入や大幅な規模拡大を目指す必要がないようにも思えるのですが。

畑間「そこは社内でも議論して『毎年天皇杯で旋風を起こすアマチュアクラブでいいのではないか』とか『夏に欧州クラブを招待して渋谷で試合を開催できれば(クラブの活動コンセプトである)渋谷のみなさんのサッカーに触れる機会を増やすことを達成できる』など様々な意見が出ました。ただ、渋谷にサッカー文化を定着させるためには定期的にクオリティの高いコンテンツを届ける必要がある。そうであればレベルの高いサッカー、つまりJリーグを目指す必要があるのではないかという結論になりました」

――ビジネス的なポテンシャルはある一方で、渋谷はビジネス街であり、繁華街ということもあり、“外の人”が集まる土地である印象が強いです。郷土愛を持ったファン・サポーターが育ちにくい懸念はありませんか?

畑間「“渋谷”というとテレビに映る渋谷駅前を想像する人がほとんどだと思います。渋谷は遊びに来る人や観光客の方も多いので確かに郷土愛を持っている人口は少ないと思われるかもしれません。ただ、我われのホームタウンは“渋谷区”であって、幡ヶ谷や恵比寿などのエリアも対象としている。郷土愛を持った方々も大勢いらっしゃいます。そうしたエリアの方々にも我われの存在を身近に感じてもらえる活動を重ねていく中で応援してもらえる人たちを増やしたいと思っています。その上でミレニアル世代も次なるファン・サポーターポテンシャル層としてアプローチしたいと考えています。(TOKYO CITY F.C.は)クリエイティブのカッコ良さを売りにしている部分もあるので、若い人たちとの親和性は高いと思っています。渋谷のカルチャーともマッチします」

選手だけでなくフロントスタッフもJクラブから東京都2部へ“移籍”。TOKYO CITY F.C.あらため「SHIBUYA CITY FC」が目指すもの

2021シーズンユニホーム

――活動理念についても伺わせてください。公式HPでもTOKYO CITY F.C.が目指すものとして大きく掲載されている「ソーシャルインパクトの追求」について、あらためて説明いただけますか?

島下「従来のサッカークラブは競技力や収益力が強さを測る指標でした。ただ、それが社会的にどのように良い影響を与えているかまでは追求できていません。我われはクラブとしての価値や存在意義をアウトアム……つまり、ソーシャルインパクトと設定して追い求めていこうと考えています」

――具体的な事例があれば教えてください。

畑間「例えば、TOKYO CITY F.C.が主催するフットサルイベント。これに渋谷区民が参加することでどれだけ健康への意識が高まったか、突き詰めれば渋谷区の社会保険料がどこまで下がったのか。そういう具体的な数字に落とし込めるロジックモデルやKPIを設定しています。詳細は2021年の春に発表する予定です」

――今年はコロナ禍で活動が制限されている部分があると思いますが、2019年度実績を拝見すると地域課題解決活動を頻繁に行われています。TOKYO CITY F.C.が考える現在の渋谷区の地域課題は何でしょうか?

畑間「サッカークラブとして感じる課題は運動する場所が少ないということです。その解決策として先ほどから何度か出ているフットサルイベントをTOKYO CITY F.C.主催で頻繁に実施しています。コロナがなければ今年はセンター街でストリートサッカーイベントも開催する予定でした。渋谷らしい地域解決活動だと思うのですが、楽しんでもらえるコンテンツを提供することで地域課題も解決していればと考えています」

――最後にfootballista読者へメッセージをお願いします。

島下「footballistaの読者の方はすでに応援しているクラブをお持ちだと思いますが、第2のクラブとしてTOKYO CITY F.C.にも注目してもらえればうれしいです。アウトローと言いますか、既存のサッカークラブとは違う形で大きくなろうとしている挑戦をクラブが小さいうちから見続けてもらえればきっと楽しんでいただけると思います」

選手だけでなくフロントスタッフもJクラブから東京都2部へ“移籍”。TOKYO CITY F.C.あらため「SHIBUYA CITY FC」が目指すもの

Hiroaki SHIMASHITA
島下 大明(写真左)

1992年青森生まれ。2016年にガンバ大阪へ入社後、ファンクラブ・年間パス担当を経て広報担当に着任。チーム付き広報として主に取材対応、SNS運用業務に従事。2020年からは都内のITベンチャー企業で勤務する傍ら、SHIBUYA CITY FCでプロボノとして活動。主にメディアプロモートに携わる。

Naohide HATAMA
畑間 直英

1992年イギリス生まれ。川崎フロンターレのサッカー事業部で学生スタッフとして3シーズン活動後、コンサルティング会社に新卒入社。2015年から選手兼プロボノスタッフとしてTOKYO CITY F.C.に参画。2020年に転職し、取締役/コンテンツディレクターに就任。ホームタウン活動や広報、イベント企画全般を担当している。

Photo: Getty Images

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