「得点力不足」「スピード感の欠如」といった日本サッカーの枕詞とも言える言説の検証ができないか。そこで着目したのは、相手守備組織内に侵入した時のプレーだった――プレーヤーとしての経験を基にサッカーのゲーム分析について研究を行っている筑波大学体育系博士特別研究員の鈴木健介氏に、博士論文「相手ディフェンダーとミッドフィルダーとの間を利用した攻撃に関する研究」を執筆するに至った経緯や今後の展望について紹介してもらう。
志のない大学院入学
この記事をご覧の方で、学術論文を定期的に読んでいる方はどのくらいいるのだろうか。そういった人は、ほんの一握りなのではないかと思う。私は大学院に進まなければ、論文を読んだり書いたりすることはなかったと断言できる。実際、プロ選手を目指してサッカーに打ち込んでいた24歳までは、卒論作成時のわずかな期間を除けば論文を読んだ記憶はない。
そんな私が、地域リーグに所属するチームへの入団が決まっていたにもかかわらず、大学卒業前に大学院の入学試験を受けたのは、プロ選手になれなかった時にいきなり社会に放り出されないようにするための保険のようなものだった。結局プロ選手にはなれず休学していた大学院に復学したが、志の高い、明確な目標と希望を持って大学院に入学する優秀な学生と違い、サッカーのプレーの代わりとなってくれるものを探す、逃げるような復学だった。
復学後も未練がましくアマチュアサッカーを続けていたこともあり、修士課程ではアマチュアサッカー選手の職務満足感とサッカーに対するモチベーションの関連性について研究を行った。働きながらサッカーをするアマチュア選手は、職務満足感が低いとサッカーのモチベーションが下がるのではないかと仮説を立てたが、そのような関連性を証明することはできず、不完全燃焼で修士課程を終えた。もっと勉強して深掘りすれば仮説を証明できるのではないかと思い、博士課程への進学を決めた。
急転、博士課程ではゲーム分析の道へ
修士課程ではアンケート調査を行ったが、博士課程ではインタビュー調査を行おうと研究計画を練っていたため、入学後すぐに質的研究が専門である先生を訪ねた。経緯と計画を説明すると先生は、「やるのであれば応援はする」という前置きとともに2点指摘をされた。
1点目、インタビューのような、言葉をデータとして扱う質的研究は時間がかかる傾向にある。数値を扱う量的研究で博士号を取ってから行う、でも良いのではないか。
2点目、なぜアマチュアサッカー選手が対象なのか。
以上の指摘を受けた私は、部屋を出たその足で担当教官である中山雅雄先生の研究室を訪れ、「トップカテゴリーを対象としたゲーム分析をします」と宣言した(その時の中山先生の顔を表現する文章力は、今の私にはない)。
かくしてゲーム分析の道へ踏み入れた私は、研究テーマを探す段階から始めることとなった。
バイタルエリアは本当にバイタル(重要)なのか
研究テーマを探す上で、「得点力不足」「スピード感の欠如」といった日本サッカーの枕詞とも言える言説の検証ができないかと考えた。ただ、これまで行われてきた研究では、シュート数や得点数からリーグの特徴を見出すことは難しいことが明らかにされている。そこで着目したのが、相手守備組織内(相手ディフェンダーとミッドフィルダーの間のスペース)に侵入した時のプレーだった。現代サッカーでは、多くのチームがコンパクトな守備組織を形成するため、その中に侵入してゴールに向かうプレーの難易度は高くなっている。
しかし、今でも多くのチームが、中央突破のために相手守備組織内に侵入してゴール方向に向かう形を多く作る戦術を採用しており、得点を挙げるための手段の一つとして重要であることは明らかである。
以上を踏まえて、日本ではバイタルエリアと呼ばれることが多い相手ディフェンダーとミッドフィルダーの間のスペース(以下「DF-MF間」)に関して、Jリーグの選手は他のリーグに比べ、このスペースに侵入した時にゴール方向へ向かう頻度が低いのではないかという仮説を立てた。
しかしながら、これまでDF-MF間に着目した研究はほとんど見られなかったことから、そもそもDF-MF間に侵入した攻撃は侵入しなかった攻撃と比較して有効なのかを検証する必要があった。そこで私は、Jリーグとブンデスリーガ(研究に着手したのが2015年であり、ドイツが直近のワールドカップを制していたため選定した)を対象に、攻撃の種類を「DF-MF間を利用した攻撃」、DF-MF間を利用せずサイドを利用した「サイド攻撃」、DF-MF間もサイドも利用しなかった「その他の攻撃」の3種類に分類し、得点や得点機会(シュート・ペナルティエリア内侵入)に繋がった割合の比較を行った(図1)

図1. 攻撃種類と得点機会のクロス集計
その結果、Jリーグとブンデスリーガのどちらにおいても、特にサイド攻撃と比べるとDF-MF間を利用した攻撃は、得点や得点機会に繋がりやすい攻撃であることが明らかになり、その有効性を示すことができた。
Jリーグとブンデスリーガの違いから見るJリーグの課題
一方で、攻撃種類の生起率では両リーグで違いが見られた。Jリーグはブンデスリーガと比較してサイド攻撃が多く、DF-MF間を利用した攻撃が少なかった。Jリーグは、そもそもDF-MF間に侵入すること自体が少なかったのだ。
さらに、DF-MF間に侵入した選手のプレーについても研究を進めた(DF-MF間侵入方法の80%以上はパスによるものであったため、パスによる侵入のみを対象としている)。そこで明らかになった主な結果は、Jリーグはブンデスリーガと比べて1.得点機会の生起率が低い 2.前方へのプレー生起率が低く、後方へのプレー生起率が高い 3.前方DF(5m以内かつ相手ゴール方向にいるDF)がいることが多いということだった。これらのことから、Jリーグは、DF-MF間侵入時にゴール方向からのマークを受けることが多い→これが要因で前方へプレーすることができない→だから得点機会に繋がらない、という考察を行った。これは、マークを外した状態でパスを受けられないという課題を解決することで、前方へのプレーを増加させることができるのではないか、という示唆に繋がる(図2)

図2 DF-MF間侵入時のJリーグとブンデスリーガのプレーの比較
加えて、博士論文では、Jリーグの上位4チームと下位4チームの比較も行っている。結果を簡単に紹介すると、上位チームは下位チームと比較して、DF-MF間侵入時における得点機会と前方へのプレーの生起率が高かった。一方で、前方DFの有無については違いが見られなかった。さらに詳しくデータを見ると、下位チームは、前方DFがいない時の前方へのプレー生起率が低いことが明らかになった。これは、相手がいないにもかかわらずボールを前方へプレーできていないことを示しており、「認知→判断→実行」の中の認知段階に問題がある可能性が推察できる。このような傾向は、同様の比較を行ったブンデスリーガでは見られなかったため、Jリーグの特徴であり、課題と言えるかもしれない。

DF-MF間に侵入するプレーを武器にブンデスリーガでも活躍した香川真司
今後の展望と野望
現在は、DF-MF間侵入時にいわゆるフリーな状態でボールを受ける方法を明らかにすることを目的として、マークを外すプレーに影響を与える要因とマークを外す技能の因果構造の解明に向けた研究を行っている。もちろん、これまでの自身の研究結果を踏まえて練った研究課題ではあるのだが、私にとっては、より現場に生きる研究を行うという挑戦にもなっている。
ゲーム分析の論文の内容を指導に生かすことは非常に難しい。私は、ここ5シーズン大学サッカーで指導を行っているが、そのような論文が直接的に生きる機会は多くなかった。その要因として、サッカーが複雑系であること、現場に求められるスピード感と研究の相性が悪いことが挙げられると考えている。これらの解決には、多くの変数を同時に解析すること、現場で応用できるような分析手法や評価指標を作成することなどが必要となるだろう。
研究によって生まれた科学的知見と、現場での経験によって生まれた知見、どちらも重要でありうまく融合させることがこれからの日本サッカーの発展には不可欠だと思っている。そして、今のところ人手不足なのは研究者であると感じている。プロサッカー選手になる夢は叶わなかったが、日本サッカーの発展に寄与できる研究者になる夢は実現できるように研鑽を続けていきたい。褒められた動機でアカデミックに踏み込んだわけではないが、ゴール方向にプレーするのみである。
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