9月14日のCLグループステージ第1節で強豪マンチェスター・ユナイテッド撃破を遂げたヤングボーイズ。バーゼル以来となる決勝ラウンド進出なるか、にわかに注目度の高まったスイス王者の、知られざる強さの秘密に迫る。
スイスサッカー界にとって歴史的な夜になった。
9月15日のCLグループステージ第1節、スイス王者のヤングボーイズがマンチェスター・ユナイテッドに2-1で勝利した。
ユナイテッドのアーロン・ワン・ビサカが退場になったことに助けられた面もあったが、クリスティアーノ・ロナウドのゴールで先制されながら66分に同点に追いつき、さらに95分には激しいゲーゲンプレッシングでジェシー・リンガードのミスを誘発、ジョルダン・シエバチュが逆転弾を決めた。
ヤングボーイズにとって、CL予選を突破して本戦に進んだのは2度目のこと(1度目は2018-19シーズン)。そんなクラブが世界的名門に勝ったのだ。まさに「ベルンの奇跡」である。
しかし、これは運だけで起こった奇跡ではない。ここ数年間、ヤングボーイズは常に結果を出してきた。
2017-18にアディ・ヒュッター(現ボルシアMG監督)の下でスイスリーグを制し、バーゼルの9連覇を阻止。翌シーズンにジェラルド・セオアネ(現レバークーゼン監督)が新監督に就任すると、そこから3連覇。2019-20シーズンはスイスカップとの2冠を達成した。
この快進撃の中心にいるのが、スポーツシェフ(スポーツディレクター)のクリストフ・シュパイヒャー(43歳)だ。
シュパイヒャーはフランクフルトやヤングボーイズでプレーした元スイス代表DFで、2016年秋、リーダーシップを高く評価されてスポーツシェフに抜擢された。すると次々に新たな方針を打ち出し、古豪を蘇らせることに成功したのだった。
シュパイヒャーは言う。
「私たちはここ数年間、何度も自分たちの限界を越えてきた。偶然の結果ではない」
若きスポーツシェフは何を改革したのだろう?

現役時代、ヤングボーイズでプレーしていた当時のシュパイヒャー。フランクフルト時代には元日本代表FW高原直泰とともにプレーしている
「つまずいたタレント」に着目
まずシュパイヒャーが着手したのは、若手への切り替えだった。広告会社「furrerhugi.」のインタビューでこう明かしている。
「才能のある若手を獲得し、ポジティブなエネルギーを吹き込んで、みんなのサッカーに取り組む姿勢を変えたいと思った。それによってチームスピリッツも育もうとしたんだ。優勝には組織を自分ごととして考える『私たち文化』(Wir-Kultur)が不可欠だからね」
シュパイヒャーはスタッフにも覚悟を求めた。スカウト主任のステファヌ・シャプイサに問うた。
「この仕事を100%やり切る自信はありますか?」
シャプイサはドルトムント時代にCLで優勝したスイスの英雄で、2010年からクラブのスカウト主任を務めていた。シュパイヒャーはスイス代表の大先輩にも遠慮しなかったのである。

ドルトムント時代のシュプイサ。ストライカーとして1996-97のCLのほか2度のブンデス制覇などを経験しているレジェンドだ
ただし、若手中心のチーム作りは現代サッカーのトレンドの1つだ。資金豊かなRBライプツィヒやホッフェンハイムと差別化するには、異なるアイディアが必要だろう。
ヤングボーイズが目をつけたのは「ステップアップにつまずいたタレント」だった。
ユナイテッド戦で決勝ゴールを決めたシエバチュ(25歳)が、その代表例である。
シャプイサはシエバチュがフランス2部のランスでプレーしている時からすでに目をつけていたが、移籍金が高いため手を出せなかった。
だが、2018年夏にフランス1部のレンヌへ移籍したシエバチュはケガが響いてサブに甘んじ、2シーズン目の終盤はベンチにも入れなくなってしまう。
するとヤングボーイズはすかさずアプローチをかけ、2020年夏にレンタルで獲得。シエバチュはアットホームな雰囲気の中でブレイクし(12得点4アシスト)、今季約250万ユーロの買い取りオプションを行使して完全移籍が成立した。

ユナイテッド戦でフレッジと競り合うシエバチュ。カメルーン人の両親を持ち、アメリカ生まれでフランス育ちの25歳は2021年にアメリカ代表としてデビューも飾っている
ユナイテッド戦で先発したボランチのビンセント・シエロ(25歳)は、スイス1部のシオンからフライブルクへステップアップしたがドイツ1部では4試合の出場に留まり、2018-19はスイス1部のザンクト・ガレンへレンタルされた。ヤングボーイズはそこに目をつけ2019年夏に獲得。

フェレンツバーロシュ戦でのシエロ。ドイツの育成クラブとして名高いフライブルクでは成功できなかったが、母国に戻りヤングボーイズで開花した
もちろん、従来型のタレント発掘や育成にも力を入れている。スイス国内にスカウトは3人しか置いていないが、WyscoutやInstatのデータで若手を効率良くチェック。最後はシャプイサが面接をしてゴーサインを出す。また、シャプイサはヤングボーイズの下部組織でFWコーチを兼任しており、ストライカーの育成にも携わっている。
ディスカウントではなく『クオリティ移籍』
こうやって育てた選手を、いつ・いくらで移籍させるかが強化責任者の腕の見せどころだ。シュパイヒャーは「選手をディスカウントで売らない」ことにこだわっている。デジタルメディア『watson』でこう語った。
「ディスカウント移籍は、選手にとってもプラスにならない。安い移籍金、例えば200万ユーロで移籍したとしよう。もし監督が解任されて新しい監督がやって来たら、その瞬間、ほぼ無価値になる。
シュパイヒャーは200万程度の移籍金では大事にされないと感じており、有望な若手を手放す場合はそれ以上の移籍金を求めている。
2017年夏、ヤングボーイズはデニス・ザカリアをボルシアMGに1200万ユーロで、ムボゴをボルフスブルクに500万ユーロで売却した。
「若手は『ディスカウント移籍』せず、しっかり力をつけて市場価値を高めてから移籍するべき。私はこれを『クオリティ移籍』と呼んでいる。ヤングボーイズではチームメイトが若手を助ける雰囲気があるが、国外の上のクラブは違う。他人を押しのけて競争する世界。若手はその現実も理解しなければならない」
この夏、ブレーメンがクリスティアン・ファスナハト(27歳)にオファーを出したが、ヤングボーイズは500万ユーロの移籍金を提示し、値下げに一切応じなかった。ファスナハトはユナイテッド戦でフル出場し、鋭いドリブルで相手に脅威を与えた。

リーグ4連覇を主力として経験しているファスナハト。スイス代表としてEURO2020にも出場している
シュパイヒャーには「私たちは毎年8人が引き抜かれるようなクラブにはならない」という信念がある。
監督選びでも、自分たちの哲学にこだわった。前々監督のヒュッター、前監督のセオアネはともに前線からの激しいプレスを植え付け、合わせてリーグ4連覇を達成した。
次の監督も同じスタイルが望ましい。白羽の矢を立てたのはドイツ出身のデイビッド・ワーグナーだ。
ワグナーはユルゲン・クロップの誘いでドルトムントのセカンドチームの監督になり、ハダースフィールドをプレミアリーグに昇格させた名指揮官。シャルケでは2部降格のきっかけを作ってしまったが、プレスを生かした戦術に定評がある。
ワーグナーの下には他クラブからのオファーも届いていたが、ヤングボーイズが獲得競争を制した。
ワグナーは『ガーディアン』紙でこう語った。
「私は安定したクラブで、信頼できる人たちと一緒に仕事をしたかったんだ。CL本戦に出られたのは、セオアネの財産のおかげ。強くオーガナイズされたチームを引き継がせてもらった」

チームを率いるバーグナー監督。シャルケでは評価を落としてしまったが、スイス王者を率いて捲土重来を期す
今夏、フランクフルトがスポーツ部門取締役だったフレディ。ボビッチ(現ヘルタ・ベルリン)の後任としてシュパイヒャーに声をかけたが、元スイス代表はかつての古巣に断りを入れた。
「私はヤングボーイズと結婚しているわけではないし、クラブが私に依存しているわけでもない。
ステップアップにつまずいたタレントをアットホームな雰囲気で力をつけさせ、育った選手はディスカウント移籍させない。そしてスタイルが同じ監督を招へいする。
若きスポーツシェフの哲学と信念が「ベルンの奇跡」を生んだ。
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