【増田俊也 口述クロニクル】#68


 作家・増田俊也氏による連載。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「読者にメッセージを届けるとしたら、具体的にどういう言葉を伝えますか?」


加納「具体的なメッセージですか」


増田「そうです。日本の未来がどうなるかわからなくなってしまった今の時代に、それぞれの世代に向けたメッセージをいただけませんか。老境の人間への激励に関しては何度も詳しくお聞きしてきましましたので、今日は中年に向けた言葉と若者に向けた言葉をお願いします」


加納「それは面白そうだ」


増田「まずは働き盛りであるべき中年に向けてお願いします。30歳代後半から50歳代。社会の中で一番頑張らなければならない世代です。でも上の世代からは『俺たちの時代と較べて情けない』と言われ、下の世代からは『老害だ』などと言われています。その世代を激励するとすれば」


加納「やっぱり、人としての在り方ですね。たとえば増田さんもプロの作家になっているわけだから、人間として、個性として、どういう道を歩むか、それを深掘りしながら生きているでしょう」


増田「そうですね」


加納「俺もプロだから、やっぱり一般の人たちより、普段から自分を深掘りしているわけだ」


増田「はい」


加納「俺は83年間生きてきた。その足跡が類型的か、そうでないか。それを考えるわけだよ。そうすると『否』と即答できる自分がいる。

これは誇れることだよな」


増田「それこそがプロとして生きている証ですよね」



自身を持て! 本物の自我を出せ!

加納「類型であること自体は悪いことではない。でも自分の過去に対して『ああすればよかった』『こうすればよかった』と思うことはやめたほうがいい。理想や願望は、一生消えない。だけど、その理想とのギャップに囚われすぎても意味がない。大事なのは、今の現実の中で、どれだけ“人間ごっこ”をプロフェッショナルにできるかどうかなんだ」


増田「人間ごっこですか。面白いですね」


加納「人間というのは、いくらでも言い訳はできるし、それを正当化する言葉も無限にある。でも、大切なのは『立体的に生きているかどうか』なんだよ」


増田「出世のことだけ考えてる人間とか」


加納「そう。そういうのはステージが低い生き方なんだよ。歳をとればそれが如実に見えてくる。若い頃のようなパワーはなくなるけども、その中で自分の芯がぶれていないかどうか。それがぶれたら、自分ではなくなってしまう。つまり、他人の人生を生きることになってしまう。

だからこそ出世したいとか、そういう小さな目的ではなくて自分を高めることを目的とした人生であってほしい」


増田「北海道大学の前身、札幌農学校の校長だったウィリアム・スミス・クラーク博士はそれを“高邁なる野心”と呼んでますね。有名なボーイズ・ビー・アンビシャスという言葉になっています」


加納「いい言葉だね。礼儀、家族、友人、仕事……すべて含めて、結局は自分で作った環境です。その環境とどう向き合うか。自分がどういう関係を築いているのか、きちんと把握し、確認し、自覚することが必要。だから、俺は『中年よ、自身を持て』と言いたい。もっと本物の自我を出せ。組織内で出世したいとかチヤホヤされたいとかいう小さな自分、自分の弱さに打ち克たなくては。そうやって生きていくうちに、また新しい自分が見えてくる。毎日、自分という“服”を脱ぎ捨てて、新しい服を着るように、自分をアップデートし続けることが大事だ」


増田「毎日服を脱ぎ捨てるようにというのが素晴らしい表現です」


加納「働き盛りの人たちって、本当に夢中になっているのかって思うんだよ。夢中になれる度合いというか、夢中度みたいなもの。それが極端に高くてもいいと思う。

だから、もっと夢中になれと。自分の中に、社会と関わることで面白いものがあるはずだから、それをもっと探れって言いたい。時代とか日本の状況なんて、自分の中で半分くらいの要素でいいんだよ。あとの半分は、何を想像するか、何を思うか、何を空想するか。それがオリジナリティになるんだ。そういうものがあるかないかで、人生は大きく変わると思う」


(第69回につづく=火・木曜掲載)


▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。

小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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