酌量の余地なし──。


 2022年7月、奈良市で応援演説中だった安倍晋三元首相が銃撃され、死亡した事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判が18日、奈良地裁で開かれ、検察側は無期懲役を求刑した。


 求刑理由として検察側は「わが国の戦後史に前例を見ない、極めて重大な犯行」とし、「動機は短絡的かつ自己中心的で、酌量の余地はない」「不遇な生い立ちは安倍氏と関係がなく、量刑を大きく軽くするものではない」と断じた。


 これに対し、弁護側は「最も重くても懲役20年までにとどめるべきだ。違法献金によって生じた悲惨な生い立ちが犯行動機に直結しており、宗教虐待の被害者である」として情状面を主張した。


 襲撃対象を旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の韓鶴子総裁(82)から安倍氏に代えたことについて、山上被告は「統一教会と政治との関わりの中心で、他の政治家では意味が弱い」と語っていたが、検察側は「最後まで納得できる説明はなく、論理的に飛躍がある。短絡的で人命軽視は甚だしい」と指摘した。


 夫の自殺、長男の病気をきっかけに旧統一教会に入信した山上被告の母親は家庭を顧みず、多額の献金を繰り返し、自己破産した。一家の生活は破綻し、長男は自殺に追い込まれ、家族はバラバラに。人生を翻弄され、絶望の淵に突き落とされた山上被告は、安倍氏が教団に送った「韓鶴子総裁をはじめ皆さまに敬意を表します」というビデオメッセージを見て、「教団が社会的に認知される」と絶望感と危機感を抱いた。


■旧統一教会には今年3月に東京地裁が解散命令


「全国霊感商法対策弁護士連絡会」の代表世話人で、被告側証人として公判に出廷した山口広弁護士がこう言う。


「本人と面会して感じたのは、気の毒な男であり、かわいそうな男だなと。思い込みがあって宗教に傾倒した母親を完全に否定できないやさしい心を持っています。兄の自殺後、母親と向き合おうとしたが、母親は何も変わらなかった。

弁護団が宗教2世に対し、しっかり向き合っていれば……。申し訳ないという気持ちがある」


 元首相を手製の銃で殺害した前代未聞の事件は社会に衝撃を与えた。同時に旧統一教会と政治の距離の近さや教団の高額献金、違法勧誘、宗教2世問題が次々あぶり出された。今年3月には東京地裁が教団に解散命令を出し、年度内にも東京高裁が命令の是非を判断する。


「決して許される行為ではなく、やり方は間違っていたが、多くの被害者が救われたのも事実です。長年、信仰を持ちながら、『もう辞めます』と被害救済を申し出た信者や、自分なりに考えようとしている人もいる。裁判所が一転して、統一教会の責任を認める判決を出すようになったのも事件をきっかけに世論が変わったから。裁判官もそういった空気を無視できないようになったのではないかと思っています。無期という求刑はあまりにも重いが、死ぬよりはマシです。外部ともやりとりができる。絶望せずにしっかり生きて欲しい。判決に従って、罪を償って欲しい。

命を大事にして希望を持って生きてくれることを願うしかありません」(山口広氏)


 山上被告はビデオメッセージを送った安倍氏を襲撃することで、「統一教会の活動に社会的注目が集まり、批判が高まると考えた」と動機を説明していたが、思惑通りの展開になった。


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