【その日その瞬間】


 倉持明日香さん
 (タレント、元AKB48/36歳)


  ◇  ◇  ◇


 元AKB48の倉持明日香さんのターニングポイントは“卒業”を考えていた時期の初めてのチームキャプテン就任。あの名捕手からのアドバイスで自分が変われたという。


 高校時代は歯科衛生士を目ざしていましたが、進路の提出をする時に「やっぱり芸能界に入りたい」と思い、高3の春にAKB48のオーディションを受けたんです。合格して研究生のステージデビューが7月1日と決まりましたが、学校は芸能活動禁止。それで「AKBを取るか、退学するか」の2択に。


 ここが最初のターニングポイントでした。AKBの方はレッスンの開始日も決まっているから延ばせず、「やるか、辞退するか」をすぐ決めなければならない。私としてはオーディションに落ちたら二度と芸能界は目ざさないと母親と約束していましたから、辞退はしたくない。でも、卒業まで半年なので、父親は大反対。母と兄が父を説得してくれて転校する形を取り、デビューしました。


 でも、私が第1回研究生で入った2007年当時はAKB48はまだ世間に認知されていませんでした。電器屋さんでのイベントの時、MCの方に「アキバよんじゅうはちのみなさんでーす」と紹介されましたから。


 毎日午前10時からレッスンが始まり、終わりが夜。実家が横浜なので通いでしたが、あれだけ反対していた父親が「少しでも休めるように」と行きも帰りも車で送ってくれました。

劇場公演も集合場所まで送ってくれて父親には一番助けられました。


 仕事とレッスンをこなすのが精いっぱいの日々。しかも、正規メンバーではないし、当時はまだ昇格システムが作られてなくて、野球でいう育成枠みたいな立場といえばいいかな、いつ辞めさせられるかわからない。オーディションして入れたのはいいけど、研究生をどうするかは決まってなかったみたい。だから、正規の先輩が休んだポジションを埋める形でした。


 8年間在籍した中でターニングポイントになったのは初めてリーダーになった時。


 細かい話になりますが、それまでいたチームKではリーダーだった大島優子ちゃんが忙し過ぎて劇場に全然出られなくて、優子ちゃんからは「倉持、頼んだよ」と言われていました。だから、チーム内のことは優子ちゃんにマメに連絡していたんです。


 優子ちゃんが卒業を決めたことを私に伝えてくれた時「私も卒業しよう」と決めました。尊敬する先輩でしたし、「私もやり切ったんじゃないか」と思えたから。


 そしたら、その頃の大組閣祭りというイベントで、それまでAとKしか入ったことのない私がチームBのキャプテンで名前を呼ばれて。客席からステージに上がり、「新キャプテンの倉持さん、意気込みお願いします」と聞かれ、「どうしようどうしよう、ここで卒業すると発表できないよな」といろいろ考えて(笑)。


 並んだメンバーを見ると、まゆちゃん(渡辺麻友)、ゆきりん(柏木由紀)はチーム変更などを経験していたけど、初めての後輩は不安で泣いてる子もいたんです。「この子たちを成長させて独り立ちさせなきゃ!」と思うと、まだ卒業できないと考え直しました。



■野村克也監督の言葉「地位が人をつくるんだよ」

 でも、私は学生時代から誰かに指示を出したり、リーダーシップを取ったことがないんです。みんなを引っ張っていくタイプではないし、キャプテンなんて務まるはずがないと。それに選抜メンバーの常連でもなく、選抜に入ったり入らなかったりの私が後輩に言えることってあるのかと思いました。


 その時期、元プロ野球選手の古田敦也さんと一緒にお仕事させていただいていて、休憩中に「倉持、キャプテンじゃん」と話しかけてくれたんです。


「私、そういうのやったことなくて。どうしたらいいですか」と聞いたら野村監督からの言葉の「地位が人をつくるんだよ」と言ってもらえて。


「その人に器があるからその地位に行く人もいれば、地位を与えられてその器になろうと努力してなれる人もいる」


 そういう考え方もあるのか! と驚くと同時に私は後者になろうと決めたんです。


「みんなを引っ張っていくだけがキャプテンじゃないよ」とも言っていただき、肩の荷が下りました。みんなが求めるキャプテン像ではなくて、私らしいキャプテンになろうと。


 その後、チームBはすごくチームワークがよかったと思いますし、自分も成長できました。

私が言うと説得力ないけど、歴代ナンバーワンかツーを争うくらいのとてもいいチーム(笑)。卒業したメンバーと当時のチームマネジャーと集まり、ご飯することもあります。「あのチームはメチャよかったよね」と話してくれて、泣きそうになりました。


 石橋を叩いて誰かが渡らないと進まないタイプだった私が、キャプテンになった経験で卒業後も挑戦できるようになれました。


 父親は元野球選手(ロッテの投手だった倉持明氏)だったこともあって、野球が好きで今は野球イベントのMCもしています。始球式は7回以上やらせていただきました。父がキャッチャーを務めた時は父が在籍していたロッテのQVCマリンフィールドで始球式をやる念願がかないました。その時の写真はパネルにしていただけて父は優勝パネルみたいにいまだに飾っています(笑)。


 今は保護猫を飼っていて、保護猫を飼える人を増やせるような活動ができればと考えています。


 積極的な倉持を今年もよろしくです。


(聞き手=松野大介)


▽倉持明日香(くらもち・あすか) 1989年9月、神奈川県出身。2007年からAKB48のメンバーとして活動。

09年に初の選抜入り。10年には柏木由紀、高城亜樹とフレンチ・キスとしてCDデビュー。15年に卒業後はタレント、司会者として活躍中。


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