トビー・フーパー監督の「悪魔のいけにえ」(原題:The Texas Chain Saw Massacre)。ワンボックスカーで旅に出た若者グループが電動ノコギリの犠牲になる、低予算のホラー映画だ。

映画ファンなら誰もが知っているだろう。


 筆者はこの映画を封切りの1975年2月に見た。劇場前に設置された立て看板に、米国のキリスト教会が難色を示し、全米の映画館が上映を拒否したというような文言が書かれていたため、つい見たくなったのだ。数十年後、封切りで見たことを映画関係者に話したら「それは珍しい」と感心された。ちなみに米国での公開は74年10月である。


 この「チェイン・リアクションズ」(アレクサンドル・O・フィリップ監督)は映画製作に関わる5人の識者が「悪魔のいけにえ」の魅力を冷静に分析するドキュメンタリー。作品が持つ恐怖とその多大な影響力、今日まで語り継がれてきた事情を検証する。第81回ベネチア国際映画祭クラシック部門最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞した。


●第1章 コメディアンのパットン・オズワルト


「『悪魔のいけにえ』は粗野で、人間味が一切ない。カメラが何の意見も持たず、淡々と出来事を映す。だから観客は全部受け止める羽目になる」


●第2章 映画監督・三池崇史


「15歳のとき、チャップリンの『街の灯』のリバイバルを見に行ったが、満席で入れなかった。そこに『悪魔のいけにえ』の看板があり、偶然入っちゃった。

それまでの日本のホラーは怪談。物語があった。『悪魔のいけにえ』には理由がない。当時の日本に衝撃的だった。15歳で『悪魔のいけにえ』と出会っていなければ、映画監督になっていなかっただろう」


●第3章 オーストラリアの映画評論家アレクサンドラ・ヘラー=ニコラス


「とても知的な映画で文化的知識の深さが並外れている。こんなのがよくできたものだ。魔法(マジック)だ」


●第4章 作家スティーヴン・キング


「技巧のなさがプラスに働いている。荒削りで人物造形に深みがないのもいい」


●第5章 映画監督カリン・クサマ


「(レザーフェイスの)家族は時代に取り残されている。それがものすごく胸に迫る。それと同時に腹立たしい。彼らはアメリカで行き詰まって正気を失った。そこを監督と脚本家は研究したのかも。

この映画が不朽の名作たるゆえんは、そこから浮かび上がるテーマにある。“アメリカとは狂気である”」


 5人はさまざまなジャンルの映画のエッセンスを引用しつつ、「悪魔のいけにえ」の神髄を語っていく。「吸血鬼ノスフェラトゥ」「羊たちの沈黙」「タクシードライバー」「オズの魔法使い」「わらの犬」など数多くの映像が挿入され、ときに「悪魔のいけにえ」の場面と並列させて比較。これによって観客が作品に魅了される理由が解明される寸法だ。



公開から50年以上経った今でも筆者の最恐映画

 1970年代のホラー映画ブームは73年の「エクソシスト」(ウィリアム・フリードキン監督)から始まったと記憶している。当時はまだ「ホラー映画」という言葉がなく、「恐怖映画」「猟奇映画」という言い方をしていた。


「悪魔のいけにえ」は魔物が人間にとりつくのではなく、生身の人間が電動ノコギリで若者を切り刻み、追いかけまわす猟奇映画だ。公開時に高校生だった筆者はただただ怖かった。女優が逃げ回る場面では座席に座りながら足がバタバタ動いてしまった。「オーメン」(76年)や「13日の金曜日」(80年)などホラー映画は数多く作られたが、「悪魔のいけにえ」の怖さにはかなわない。公開から50年以上経ったが、今も筆者の最恐映画だ。


 この作品の特徴は登場する若者たちに血が通っていないことだ。

彼らがどんな人生を歩んできたとか、お互いにどんな関係なのかという具体的な説明はない。ただ狂気の一家の領域に足を踏み入れてしまったがゆえに、残忍な方法で殺される。


 そこにあるのは捕食者とエサの関係だ。ヘビのエサとして与えられる生きたヒヨコと変わりはない。それゆえカリン・クサマの「アメリカとは狂気である」という分析が説得力を持つ。


 解説の5人はそれぞれが独自の視点で「悪魔のいけにえ」を分析。これまで気づかなかった細部の描写やレザーフェースの心情、テキサスの不気味な風土などをうかがい知ることができる。「悪魔のいけにえ」は見るたびに新たな発見がある映画だが、この「チェイン・リアクションズ」も同じ。見れば見るほど「悪魔のいけにえ」の狂気の深奥とその社会性を学ぶことができる。
(2026年3月28日からシアター・イメージフォーラムほか全国で公開/配給:エクストリームフィルム)


(文=森田健司)


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