【あの人は今こうしている】


 野末陳平さん(元参院議員/94歳)


 大橋巨泉青島幸男鈴木おさむなど放送作家からタレントに転身する例は昔からあるが、野末陳平さんはその先駆者の一人。サングラスにハンチング帽姿で、下ネタを言っては視聴者を笑わせていた。

71年から参議院議員になり、主に税金問題に関わり、著書「調査が証す頭のいい税金の本」などはベストセラーになった。野末さん、今どうしているのか。


  ◇  ◇  ◇


 野末さんに会ったのは、東京メトロ半蔵門駅から歩いて5分のホテル。タクシーで現れ、手には杖が握られている。


「2年前に2種類の大病をして、2度も全身麻酔で手術をしました。最初が腰部脊柱管狭窄症。『調子が悪いなあ』と思っていたら、ある日突然、歩けなくなり手術。リハビリ病院に転院し、退院したと思ったら、今度は心筋梗塞で救急車のお世話になりました。92歳まで大病をしたことがなかったから、甘くみていました」


 要介護2の判定を受け、今は知人宅に身を寄せ訪問リハビリを受けてはいるが、体力の回復は容易でなく「老化が進んで、200メートルも歩くと息切れする」という。しかし、92歳まで大病知らずとはビックリだ。


「ボクは臆病、よく言えば慎重だから、あまりむちゃはしませんでした。わりに規則正しい生活をして、酒は飲めず、たばこは吸わない。

運動は好きじゃないのでとくにしてきませんでしたが、町並みを見るのが好きで、よく歩いていました」


 食欲は今もあり、1日3食。「量は減った」と言いつつ肉が好きで、ハンバーグなど1人前を平らげるというからスゴイ。


「メシを一緒に食う相手がいること、これが老後の幸福に影響しますね。ボクはありがたいことに、無二の親友だった立川談志さんの関係で、孫弟子の立川志ららが予定を調整してくれて、高田文夫さん、春風亭一之輔さん、神田伯山らと、よくここのロビーラウンジでランチしながら世間話をしています。話題が豊富な若い人たちから、新しい生の情報を聞くのがとってもいい。ボクの若い頃からは想像もしなかった変化を感じる。年を取ると好奇心は薄れるけど、やっぱり“今”を知るのはおもしろいですね」


「“老後の安心のために”と琵琶湖畔の有料老人ホームを購入し、以前は年に数回、リゾートホテル代わりに遊びに行って、友人・知人も招いたりしていましたが、コロナで一切行けなくなりました」


 Xでは日常生活のボヤキなどを発信している。


「Xは原稿用紙に書いたものを、志ららに投稿してもらっています。ボクはガラケーで、Xはできないから(笑)。マスコミに出るのは、TOKYO MXのトーク番組『談志・陳平の言いたい放だい』を76歳で終えてからは、レギュラーはやめました。たまに、付き合いがある高田文夫さんや爆笑問題さんのラジオなどは呼ばれたら出ますけど。もともと漢詩など中国の古典が好きだから、その趣味に時間を割こうと。

キザに言えば、そうしたものを味わっています」



■選挙が終わると公約を追求しない世論

 さて、野末さんは早大卒業後、放送作家を経てタレントになり、39歳のとき参議院議員に。税金党を結党し、解党後は自民党や新生党、新進党で4期24年を務めた。


「“政界渡り鳥”なんて悪口も言われたけど、時代は常に新しくなっていくのだから、新しい政党が生まれ、自分の力を発揮できるところを模索していくのは不思議なことじゃない。自民党に入ったのは、結局、野党にいたんじゃ何もできないからです」


 先の衆議院選挙では、野末さんがまさに専門とした税金が争点に。


「消費税をゼロにするとか5%にするとか、ありえないんだから、いい加減な人気とりをやってるだけで、税について勉強してないなと思いますね。選挙が終われば、公約を追求する世論もない。政治家はそれをよくわかっているんですよ」


 しかし、政治を熱く語る人が多い国の未来は「何とかなる」という。


「日本は平和だし、安定しているし、そこそこ良い国ですよ。長生きは単純に楽しいとは言えない現実はあるけど、健康ならありがたいです」


 長生きの“生き証人”ならではの言葉だ。


 (取材・文=中野裕子)


▽野末陳平(のずえ・ちんぺい) 1932年1月2日山口県宇部市生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒。放送作家からタレントになり、71年から95年まで参議院議員を4期務めた。

96~2003年、大正大学客員教授。「姓名判断 文字の霊が、あなたの運命を左右する」(光文社)、「ゾク ヘンな本 興奮と陶酔の3時間 心臓が強い方のみ入学許可」「調査が証す頭のいい税金の本」(青春出版社)などベストセラー多数。


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