「ねこ娘」をご存じだろうか?

水木しげるの妖怪漫画『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズに登場するキャラクターで、子泣きじじいや砂かけばばあと同じく、いわゆる鬼太郎ファミリーの一員。ふだんは普通の女の子だが、敵や獲物に遭遇すると、耳まで裂けた口に鋭い牙を生やした化け猫モードに変身する。
とりわけ現在テレビで放送中のアニメ版最新作(第6期)では、オリジナルの水木キャラとは似ても似つかない(!?)八頭身の美少女キャラに大変身して、いまや主役の鬼太郎に肩を並べる人気者となっている。
美女変じて獰猛な怪猫と化すというねこ娘の特質には、原型があった。
昔なつかしい化け猫映画に登場する怪猫である。
かつては毎年夏になると、「四谷怪談」や「牡丹燈籠」といった怪談映画のスタンダード・ナンバーと並んで、化け猫映画の新作が公開され、観客を震えあがらせたものだ。
ストーリーは同工異曲で、武家のお家騒動にからんで非業の死を遂げた飼い主の無念を晴らすため、残された愛猫が人間に化けて武家屋敷に忍びこみ復讐に乗りだす。
正体が露見するや、ぴょんぴょん跳びはねながら追っ手の侍たちの太刀筋をかわし、喉笛に喰らいつく派手なアクション・シーンあり、太股もあらわな腰元たちを、怪猫持ち前の神通力で曲芸よろしく、くるんくるんと宙返りさせて翻弄するエロチックなシーンあり──ホラーとチャンバラ活劇と見世物的な諸要素が、ほどよく融合された肩の凝らない娯楽性が、化け猫映画の人気の秘密だったのだろう。
ちなみに、江戸時代の歌舞伎や講談以来の伝統を有する怪猫物が、映画の世界で最後の輝きを放ったのは昭和30年代。とりわけ昭和33年(1958)には新東宝の「亡霊怪猫屋敷」、東映の「怪猫からくり天井」、大映の「怪猫呪いの壁」と、三社が競い合うようにして化け猫映画を公開、時を同じくして怪奇小説の大家で直木賞作家の橘外男による『亡霊怪猫屋敷』と『私は呪われている』という二大怪猫小説が刊行されるなど、時ならぬ怪猫イヤーの様相を呈したのだった。
そればかりではない。
当時活況を呈していた貸本漫画の世界でも、東真一郎『怪奇猫娘』という一冊の怪猫漫画が、この年に刊行されていたのである。
東真一郎とは、貸本漫画家時代の水木しげるが用いていた別名であり、デビュー4作目にあたるこの初期作品こそ、タイトルからもわかるように、後のねこ娘の原型となるキャラクターが初めて登場した水木作品であり、しかも怪奇物の漫画第一作なのだった。
おそらく作者(と版元)は、化け猫映画の流行に乗じて、戦前の紙芝居における人気演目であった『猫娘』(浦田重雄作)の水木流コミカライズを企図したのではなかろうか。
時代劇の凋落や日本映画そのものの衰退とともに、いつしか銀幕から姿を消した化け猫映画だが、そのDNAは鬼太郎シリーズの「ねこ姉さん」という意外な形で、現代にまで受け継がれていたのだった。
佐賀城下を震撼させた「鍋島の猫騒動」
さて、江戸時代から続く怪猫物の代名詞といえるのが鍋島の猫騒動である。いかなる物語なのか、次にその概要を紹介しておこう。

佐賀・鍋島二代藩主・光茂が、主筋にあたる龍造寺家の当主・又一郎(又七郎とも)と囲碁の対局中、因縁のまつわる碁盤の妖気に幻惑されて又一郎を斬殺、側近・小森半左衛門の指示で事件が揉み消されるという無惨なエピソードで、物語は幕を開ける。
わが子・又一郎の失踪が、光茂と家臣の仕業と知った龍造寺の後室・お政の方は、愛猫コマに復讐の一念を託して憤死する。
ここで舞台は江戸へ移る。鍋島の上屋敷で催された花見の宴に妖獣が出現、光茂に襲いかかるが、半左衛門の槍術により撃退される。怪猫は、怨みかさなる半左衛門の老母を喰い殺して化身するかと思えば、頓死した妻に憑依して色仕掛けで命を狙う。
半左衛門に正体を見破られた怪猫は黒雲に乗って姿を消し、今度は国元で光茂の愛妾・お豊の方に成り変わり、悪計をめぐらす。
半左衛門は、怪猫を親の仇と狙う猟師の伊東惣太と協力して、お豊の方の正体を突きとめ梅の御殿を急襲する。
名僧の祈禱により退路を断たれ、眷属をことごとく討ち取られた怪猫は、辛くも結界を脱して豊満山中に逃げ込むが、追ってきた小森・伊東の両勇士によって退治され、死骸は豊満山頂に「猫間明神」として祀られた……。
以上が、世にいう「鍋島の猫騒動」の顚末である(異伝もあり)。

(「ムー」2018年10月号 特集「東西 猫の怪奇幻想譚」より抜粋)
「ムーPLUS」の超常現象ファイルはコチラ