【その他の写真:フロント上部のプレートに、豪華旅社 と明記】
しかし、本当の驚きはそこからでした。ふとフロントの上部に目をやると、金色のプレートに堂々と刻まれた漢字四文字。それは「豪華旅社」でした。
「豪華」──日本語では「贅沢な」「絢爛たる」といった、まさに別格の響きを持つ言葉です。日本の感覚からすれば、1泊2,500円の素泊まりホテルに「豪華」と名付けるのは、正直なところ「え?」と首を傾げてしまいます。東京のビジネスホテルでさえ、よほどの高級志向でなければ「豪華」とは名乗りませんよね。私たちがイメージする「豪華ホテル」と言えば、シャンデリアが輝く広々としたロビー、ふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下、そして上質なアメニティが揃った夢のような客室です。ダバオの「B.S.INN」は、それとは一線を画す、機能性を徹底的に追求した実用的な宿泊施設なのですから、このギャップには思わず笑みがこぼれてしまいました。
では一体、この「豪華旅社」という表現に、どのような意味が込められているのでしょうか? 中国語の「豪華」(háohuá)も日本語と同様に「贅沢な」「豪華な」という意味を持ちます。
中華圏、特に多くの華僑が暮らす東南アジアでは、商号に「縁起の良さ」や「事業の発展」を願う習慣が色濃く残っています。「金」や「福」、「昌」といった文字が多用されるのはその典型です。そして「豪華」もまた、単に「贅沢」という意味合いを超え、「立派な」「堂々たる」といった、より広範な称賛や、将来への期待を示す言葉として用いられることがあるのです。
この「豪華旅社」という屋号には、ダバオの歴史と文化が深く刻まれていると考えられます。ダバオには多くの華人系フィリピン人が暮らし、チャイナタウンに隣接するホテルの立地は、その経営が華人系である可能性を示唆しています。かつて、エアコン付きの清潔な個室を提供できる宿泊施設そのものが、多くの人々にとって「豪華」と感じられる時代がありました。地方からの出稼ぎ労働者や、貿易のために訪れる商人たちにとって、手頃な価格で快適な一夜を過ごせる場所は、文字通り「豪華な存在」だったのかもしれません。そうした時代の名残が、今日までこの屋号として受け継がれている可能性は十分に考えられます。
また、中国語圏のビジネスネーミングでは、客層やサービス内容を直接的に示すよりも、むしろ「願望」や「目標」を込めた、やや誇張された表現を用いることが少なくありません。小さな食堂が「大飯店」(grand restaurant)と名乗ったり、一般的な商店が「百貨公司」(department store)と銘打ったりするケースもよく見られます。これは、顧客への期待値を高めると同時に、自らの事業が将来的に大きく発展することを願う気持ちの表れとも解釈できるでしょう。
【編集:Eula Casinillo】