【その他の写真:長い歴史を持つ馬蹄寺石窟は河西回廊における仏教芸術の三大宝庫のひとつ】
北京や上海といった大都市の華やかさとは異なる、砂漠とオアシスに育まれた大地が印象的な甘粛省。敦煌から張掖への移動は高速鉄道を利用し、中国西部の雄大な景色を楽しみながらの鉄道旅となった。日本の新幹線のような快適な車両に揺られ、開発されていない広大な自然景観を見ながらの旅は、まるで異世界に来たかのような感覚。窓の外には乾いた大地と遠くに連なる山々が広がり、途中で目にするや小さな集落は、かつてのキャラバン隊の旅路を思い起こさせる。そして目的地となる張掖は、古来より河西回廊の中心地として栄え、シルクロードの重要な拠点。歴史と自然が織りなす絶景が点在している。
まず訪れたのは、張掖の歴史を語る上で外せない「馬蹄寺石窟」。粛南ユーグ(ユグルとも表現される)族自治県馬蹄チベット族郷に位置し、十六国時代の北涼時代に造営が始まったとされる。かつて数多くの洞窟が並んでいたという石窟群だが、一部閉鎖されているところもあるため、観光客が見学できる場所は限られている。実際、その空間に一歩足を踏み入れると、古くに描かれた壁画や仏像が現れ、長い時の流れを感じさせる。淡い彩色が残る仏像の表情や、細部にまで施された装飾は、古代の職人たちの技と信仰の深さを物語っていた。シルクロードの要衝であり、東西の文化や宗教が交差する場所とされていた馬蹄寺石窟は、その交流の歴史を今に伝える、貴重な文化遺産である。
張掖を訪れた際、ぜひ体験してもらいたいのが舞台劇「回道張掖」だ。中国初の「砂の舞台劇」として話題を集めているこの作品は、河西回廊で起きた歴史的出来事を題材に、音楽と踊りで壮大な物語を描く。舞台では、天変地異や蜃気楼など自然現象の表現をはじめ、ゴビ砂漠を模した舞台に実際の砂を使用するなど、観客を物語の世界へ引き込む。虚構と現実が交錯する演出は、まるで時空を超えて古代シルクロードに立っているかのような感覚を与えてくれる。
そして今回のハイライトのひとつ、張掖の自然美を象徴する「七彩丹霞風景区」。赤や黄色、緑、紫など、七色に輝く彩色丘陵は、太陽の光を浴びるたびに表情を変え、その幻想的な美しさから中国国内でも指折りの絶景スポットとして近年注目を集めている。赤みがかった砂岩や礫岩が隆起し、長い年月をかけて風雨に削られた独特の地形が見どころ。鉱物を含む地層が幾重にも重なり、自然が描き出した巨大なキャンバスのような景観を作り出している。今回は日中に訪れたが、夕暮れ時、太陽の傾きとともに丘陵が黄金色から深紅へと変わり、やがて群青の空に溶けていく光景は、言葉を失うほどの美しさに違いない。
さらに足を延ばすなら、国家4A級景勝地「平山湖大峡谷」。ここは、長年の風雨による浸食で形成された赤い砂岩の峡谷で、東洋のグランドキャニオンと称されるほどの絶景スポット。典型的な丹霞地形を持つこの景観は、まさに自然の造形力が生み出した芸術品である。
シルクロードの歴史を刻む文化遺産と、自然の造形美が共存する稀有な場所として知られている張掖。馬蹄寺石窟で古代仏教美術に触れ、「回道張掖」で壮大な歴史を体感し、七彩丹霞や平山湖大峡谷で大地の息吹を感じるその一つひとつが、深い感動を与え、心に残る記憶となる。砂漠とオアシス、歴史と自然が織りなす張掖の魅力を体感する旅となった。
【撮影/取材:小川いずみ】