エネルギー覇権の鍵握る「静かなる革命」、カーボンニュートラル社会への移行、電気自動車(EV)シフトの加速、そして全固体電池に代表される次世代電池開発競争が世界的に激化する中、その競争の前提を根本から変えようとする技術が、日本の福岡から生まれている。

その他の写真:今回発表された新製品「ELECRYO」は、以下の4つの機能を統合した観察ホルダーだ。
通電機能:実際の充電・放電状態を再現し、電池の動作メカニズムを解明。-160℃冷却:発熱や電子線による試料ダメージを抑え、安定した観察を可能に。傾斜機能:結晶の方位を自在に調整し、原子の並びを精密に分析。真空移送:外気や湿気の影響を排除し、原子分解能での観察を実現。


 透過型電子顕微鏡(TEM)を用いたナノ・原子レベルの観察装置を開発するベンチャー、株式会社メルビル(福岡市)が発表した新製品、次世代観察ホルダー「ELECRYO(エレクリオ)」は、電池研究におけるブレイクスルーの鍵を握る。

 この装置の核となるのは、「マイナス160℃で冷却しながら通電し、動作中の電池反応をリアルタイムで観察する」という、世界でも類を見ない統合技術だ。これまで「理論推定」に頼るしかなかった、電池内部の動的な振る舞いを「見て」解明するこの日本発の技術が、世界のエネルギー産業の未来図を塗り替えようとしている。

 難題を乗り越えた「原子観測技術」の国際採用実績。リチウムイオン電池の材料は、空気や電子線に極めて弱く、動作中の状態をそのままTEMで観測することは「不可能」とされてきた。この難題に対し、メルビルは二つの技術を融合して応えたのだ。

 大気非暴露TEMホルダー(2016年製品化)「空気に触れさせず試料を移送」「電子線ダメージを抑制」「原子分解能で安定観察」を可能にした技術で、既にハーバード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、イェール大学、東京大学、トヨタなど世界18カ国のトップ研究機関・企業に採用され、日本の研究装置産業の底力を示している。

 今回発表された新製品「ELECRYO」は、以下の4つの機能を統合した観察ホルダーだ。


1.通電機能:実際の充電・放電状態を再現し、電池の動作メカニズムを解明。

2.-160℃冷却:発熱や電子線による試料ダメージを抑え、安定した観察を可能に。

3.傾斜機能:結晶の方位を自在に調整し、原子の並びを精密に分析。

4.真空移送:外気や湿気の影響を排除し、原子分解能での観察を実現。

 これらの複合機能により、リチウムの析出(EV事故や性能劣化の原因)、電極界面での反応、ナノクラスタの形成といった電池の根本課題を、従来は困難だった「動作中の状態」で追跡できるようになった。

 EVの急速充電技術や全固体電池材料の開発において、ELECRYOは研究者にとって強力な武器となる。産業競争力を左右する「ゲームチェンジャー」として、国内外の研究機関からの期待が高まっている。

 メルビルを率いる宮崎裕也 代表取締役のキャリアは特異だ。彼は、経営戦略やマーケティングを担う傍ら、プロダクト設計、開発、製造までを自ら手掛ける稀有な「両利き技術者」である。「研究装置こそ日本の武器になる」と確信し、「研究者ではなく、“装置”の側から科学を変える」という発想で独立。設計、製作、解析、支援を一貫して担える総合技術力が、海外勢に負けない世界トップレベルの装置開発を支えている。

 研究装置開発は、試作と検証の反復、そして極めて高い精度と信頼性が要求される、地味ながら「次世代科学のインフラを担う重厚な産業」だ。
メルビルは、ELECRYOのほかにも、加熱・冷却・磁場印加・引張・MEMS観察など、複合的なTEMホルダーのラインナップを世界屈指のレベルで構築しつつある。

 宮崎氏は「研究者が本当に見たい現象を“見える形”にする。その技術が次のエネルギー革命を生むと信じています。原子を見ることは、未来を設計することに他なりません」と語る。

 ELECRYOは、電池だけでなく、EV、半導体、触媒、次世代材料といった世界の基盤技術に影響しうる装置であり、「日本発の技術で、世界中の研究者が“同じステージ”で勝負できるようにしたい」という宮崎氏の視点は、日本の研究装置産業の底力と未来を象徴している。福岡の一社が描く静かだが力強い技術の波が、科学の次のステージを開こうとしている。

会社概要.
株式会社メルビル.
福岡県福岡市西区石丸2丁目11番36号.
代表取締役 宮崎裕也.
HP https://melbuild.com
【編集:Y.U】
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