猛威を振るった台風25号は、フィリピン中部セブ州に甚大な被害をもたらしたが、被災地では、その惨状の中で「生活の重み」を象徴する、異例の光景が目撃されている。高潮と洪水に見舞われた沿岸部では、家屋の残骸やがれきに混じり、水に濡れた多額のフィリピン・ペソ紙幣が岸辺に漂流したり、泥の中から発見されたりする事例が相次いでいるのだ。


その他の写真:イメージ FBから

 これは、フィリピン社会が抱える根深い「現金主義」の問題を浮き彫りにしている。同国では、特に地方や低所得層を中心に、銀行口座を持たず、自宅に現金を保管する習慣を持つ人々が一定数存在する。

 その背景には、いくつかの要因がある。銀行の支店が生活圏から遠い、口座開設や維持に必要な最低預金額の条件を満たせない、日々の不安定な収入からすぐに現金が必要といった経済的な理由が挙げられる。また、銀行への手数料支払いを嫌う意識や、金融機関に対する信頼度の低さも影響していると指摘されている。

 今回の台風による洪水は、そうした人々の財産を一瞬で奪い去った。自宅に保管していた「全財産」とも言える現金が、濁流にのまれ、泥水に浸食され、文字通り「水に流されて」しまった形だ。

 被災した住民の一人は「銀行口座があれば、こんなことにはならなかった」と、失意の表情で語る。漂流した現金は、発見されても損傷が激しく、使用不能なケースも多い。生活の再建に向けた希望まで奪われた人々の窮状は計り知れない。

 フィリピンでは近年、政府や民間企業によるモバイル決済やデジタル金融サービスの普及が進められ、銀行口座を持たない人々(アンバンクト層)の金融包摂が喫緊の課題となっている。しかし、今回の台風被害は、デジタル化の恩恵が届いていない層がいまだ多く存在し、災害時の脆弱性が高まっている現実を突きつけた。


 復興に向けて、単なる家屋の再建だけでなく、災害に強い「金融のセーフティネット」をいかに整備していくか、政府と社会全体に重い課題を投げかけている。フィリピン中央銀行のデータ(2021年時点)によると、フィリピン成人の約半数が銀行口座を保有していないとされている。特に、不安定な収入や銀行口座維持のハードルから、貧困層や地方住民が現金での保管に頼らざるを得ない状況が続いている。

 アクティブシニア・マクタン島木曜会の尾田慎二さんは「このお金どうするのか? 市からの広報は何もない」と話している。
【編集:EULA】
編集部おすすめ