深刻な人手不足を背景に、日本でも外国人労働者の受け入れ議論が加速している。しかし、先行する欧州諸国が直面しているのは、「寛容」の名の下に進められた移民政策が招いた社会の分断と治安の悪化という冷酷な現実だ。
イギリス、フランス、ドイツ、そしてスウェーデン。かつて多文化共生の理想を掲げたこれらの国々は今、国家の枠組みを揺るがす深刻な「機能不全」に陥っている。日本がこれらの轍を踏まぬためには、人権を尊重しつつも、国民と外国人を冷徹に分かつ「差別ではない明確な区別」の確立が不可欠である。

その他の写真:イメージ

 欧州の混迷を象徴するのが、かつて「人道大国」を自認したスウェーデンの変貌だ。無制限に近い難民受け入れの結果、同国は今や欧州屈指の爆発・銃撃事件多発国となった。移民2世や3世を中心としたギャング抗争が激化し、政府は治安維持のために軍の投入を検討せざるを得ない異常事態に追い込まれている。これを受け、スウェーデン政府は2026年より自発的に帰国する移民に対し、最大約500万円の支援金を給付する方針を固めた。「受け入れ」から「帰国促進」への劇的な政策転換は、無節操な寛容がもたらした失敗を自ら認めた形にほかならない。

 フランスにおいても、国家の根幹が揺らいでいる。「政教分離」を国自とする同国では、移民社会との価値観の衝突が「平行社会」と呼ばれる断絶を生み出した。大都市郊外には警察すら立ち入りを躊躇する「ノーゴー・ゾーン」が点在し、共和国の法が届かない空白地帯となっている。伝統的なフランス文化を拒絶する層の拡大は、単なる経済格差の問題を超え、国家のアイデンティティーそのものを内部から侵食している。


 イギリスの現状も深刻だ。欧州連合(EU)離脱の主因の一つであった移民問題は、今なお社会を揺さぶり続けている。英語を解さない移民の急増は公共サービスの窓口を圧迫し、国民医療サービス(NHS)の待機時間を増大させた。文化的な統合を後回しにした経済優先の受け入れは、コミュニティーの連帯を破壊し、2024年には全土に広がる大規模な暴動を招いた。市民権の重みが薄れ、社会保障に依存する層が拡大したことで、納税者の不満は限界に達している。

 欧州の盟主であるドイツもまた、出口の見えない苦悩の中にある。2015年にメルケル前首相が断行した「歓迎文化」の代償は極めて重い。100万人規模の難民受け入れは地方自治体の収容能力をパンクさせ、治安の悪化や公教育の質の低下を招いた。これが右派政党の躍進という政治的混迷に直結し、ドイツ政府は2024年以降、国境検問の再導入に踏み切った。欧州内の自由移動を定めたシェンゲン協定の理念を事実上棚上げしてでも、流入を阻止せざるを得ないのが今のドイツの偽らざる姿である。

 これらの国々に共通するのは、人道主義を優先するあまり、自国民の権利と外国人の受諾条件を峻別する「正当な区別」を放棄したことにある。日本において「区別」という言葉は、しばしば不当な「差別」と混同され、議論がタブー視される傾向がある。
しかし、法治国家における「区別」とは、社会の秩序を維持し、国民の安全を保障するための合理的な線引きである。

 今後、日本が歩むべき道において、まず徹底すべきは「法の支配」の厳格化である。入管法の適正な運用を「人権侵害」というレッテル貼りで阻害させてはならない。不法滞在者や犯罪に関与した外国人に対しては、法に基づき厳格な国外退去を執行する。これは法治国家としての当然の権利であり、自国民を守る政府の責務である。また、受け入れに際しては、言語や文化、公徳心の習得を絶対条件とすべきだ。イギリスの失敗が示す通り、言語の壁は社会の分断に直結する。「郷に入っては郷に従う」という、受け入れ国に対する敬意を欠いた滞在を許容してはならない。

 さらに、権利と義務の非対称性を制度的に正すことも急務である。憲法が保障する基本的人権は普遍的だが、参政権や生活保護、公的な助成といった社会契約に基づく権利は、原則として納税の義務を果たす国民に帰属するものである。安易な権利の拡大は、社会保障制度そのものを破綻させ、国民の連帯感を損なう結果を招く。

 日本は島国という特性により、欧州のような地続きの移民流入には直面していない。
しかし、技能実習制度に代わる「育成就労制度」の導入など、実質的な移民社会への扉は開きつつある。ここでの教訓は、「曖昧な共生」こそが最大の不幸を招くということだ。差別はいけないという正論の陰で、不法滞在を見逃し、治安悪化に目をつむり、自国の文化を希薄化させることは、将来の世代に対する無責任でしかない。

 真の「区別」とは、日本を愛し、日本の法を守り、共に汗を流そうとする人々を温かく迎え入れる一方で、ルールを軽んじる者に対しては毅然と拒絶する強さを持つことである。欧州の「ガタガタ」になった現状を他山の石とし、日本は「法と秩序」を基盤とした独自のモデルを構築すべきだ。それは感情論的な排斥でもなければ、無防備な門戸開放でもない。国家としての主権を堅持し、自国民の安全と生活を最優先に考える、合理的で明確な区別に基づいた政策に他ならない。今、我々に必要なのは、空疎な理想論ではなく、現実を直視した冷徹な議論である。欧州の悲劇を日本で繰り返してはならない。
【編集:af】
編集部おすすめ