フィリピン南部の経済中心地であるミンダナオ島ダバオ市。その中心部に位置し、地元住民や観光客で賑わう大型商業施設「SMシティ・ダバオ(エコランド)」内のスーパーマーケットの米売り場で、異彩を放つ漆黒の穀物が注目を集めている。
かつては一部の愛好家や伝統的な儀式で用いられるに過ぎなかった「黒米」が、昨今の健康意識の高まりを背景に、現地の食卓に静かな変革をもたらしている。

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 売り場に積まれたのは、フィリピンの食品大手サニーウッド・スーパーフーズ社が展開するブランド「ジョーダン・ファームズ」の黒米だ。5キログラム入りの大袋が、約800ペソ(現在の為替レートで約2100円)という価格で販売されている。フィリピンにおける一般的な白米の価格が1キログラムあたり50から70ペソ程度であることを踏まえれば、2倍以上の価格差がある。それにもかかわらず、健康志向の強い中間層以上の家庭を中心に、この「プレミアムな米」を買い求める姿が後を絶たない。

 この黒米の最大の特徴は、その深い色合いにある。表面を覆う果皮には、ブルーベリーやナスにも含まれる抗酸化物質「アントシアニン」が豊富に含まれており、これが天然の黒紫色を作り出している。パッケージには「自然栽培」「精米されていないホールグレイン(全粒穀物)」といった言葉が並び、栄養成分表示によれば、42グラム(乾燥時)あたりのエネルギーは150キロカロリー。特筆すべきは、タンパク質が4グラム含まれ、さらに亜鉛が15%(推奨摂取量比)、鉄分が6%、カリウムが105ミリグラムと、白米と比較してミネラル分が極めて豊富である点だ。

 現地でこの黒米が支持される最大の理由は、フィリピンが抱える深刻な健康課題にある。同国では長年、国民の主食である白米の過剰摂取が、糖尿病や肥満といった生活習慣病の要因の一つとして指摘されてきた。食後血糖値の上昇度を示すGI値(グリセミック指数)が低い黒米は、糖尿病対策や心臓疾患の予防に関心の高い層にとって、理想的な代替食と見なされている。
パッケージの裏面には「心血管疾患やガンの予防を助ける抗酸化物質が豊富」「食物繊維やビタミン、必須オイルが凝縮されている」といった健康効果を強調する文言が並び、消費者の購買意欲を刺激している。

 実際に購入したダバオ市在住の女性(34)は、「これまでは白いご飯が当たり前だったが、家族の健康を考えて黒米に変えた。価格は高いが、サプリメントや医療費にお金をかけることを考えれば、毎日の食事を質にこだわる方が合理的だ」と話す。このように、食を単なる空腹を満たす手段ではなく、予防医学の一環として捉える価値観が急速に浸透していることが伺える。

 炊飯には白米とは異なる手間が必要。パッケージの説明によれば、炊飯前に少なくとも30分間は水に浸すことが推奨されており、水の分量は米1に対して2.5という比率が黄金比とされる。炊飯器での炊き上がりには約45分を要し、完成した黒米は独特のナッツのような香ばしい香りと、プチプチとした弾力のある食感が楽しめる。この「手間」さえも、丁寧な暮らしを送る健康志向の人々にとっては、豊かな食卓を演出する要素となっているようだ。

 また、この製品の普及はフィリピン国内の農業支援という側面も併せ持っている。ジョーダン・ファームズは、有機栽培や自然農法に取り組むフィリピン人農家を支援していることを明記しており、消費者の購買が巡り巡って国内の小規模農家の生活基盤を支える仕組みとなっている。ダバオを含むミンダナオ島は肥沃な大地に恵まれており、こうした高付加価値な作物の栽培は、農村部の所得向上を担う新たな希望としても期待されている。

 急速な経済発展を遂げるフィリピンにおいて、食生活の欧米化による健康被害が問題視される中、古来より伝わる伝統的な黒米が最新の栄養学によって再評価され、都市部で普及している現象は興味深い。
白米至上主義だったフィリピンの食文化は今、健康という新たな価値基準によって、その色彩を多様に変化させようとしている。ダバオのスーパーマーケットで繰り広げられるこの光景は、次世代の国民の健康を守るための、小さな、しかし確実な一歩なのかもしれない。
【編集:Eula】
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