世界各地で住宅価格の高騰や都市部の住み替え需要が注目されるなか、不動産の資産価値をどのように維持し、次の世代へ引き継ぐかは国際的な関心事となっている。欧米では住宅を人生の変化に合わせて売買しながら暮らすスタイルが一般的だが、日本ではいまだに「家は一生に一度の買い物」という考え方が根強い。
こうした価値観と不動産流通の仕組みに疑問を投げかけ、新たな売却モデルを打ち出した人物がいる。不動産再生の分野で活動する杉将史氏である。

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 日本の住宅市場では、中古住宅のリノベーション需要が拡大している一方で、業界特有の多重下請け構造が課題として指摘されてきた。表向きはワンストップサービスを掲げながらも、実際には営業、設計、施工などが複数の会社に分かれているケースも多い。その結果、顧客の要望が現場まで正確に伝わらなかったり、想定外の費用が発生したりする問題が起きることもある。杉氏はこうした構造に疑問を抱き、不動産の選定からデザイン、施工、そして将来の売却までを一体で考える取り組みを進めてきた。

 杉氏が提案する考え方の特徴は、「売るとき」を見据えて住宅を購入するという点にある。人生には独身、結婚、出産、子どもの独立、親の介護など多くの転機がある。それにもかかわらず、一生住み続ける前提で家を購入することは現実と合わない場合もあるという。杉氏は、自身も複数回の住み替えを経験してきた実践者であり、購入時点から将来の売却を意識すれば損失を抑えながら住み替えることが可能になると指摘する。不動産は単なる消費ではなく、価値を高める資産として扱うべきだというのが同氏の考え方だ。

 この思想の背景には、中古住宅の再生事業に長く関わってきた経験がある。
年間で数百件規模の住宅再生に関わるなかで、どのような間取りやデザインが市場で評価されるのかを実地で分析してきた。その知見を個人の住宅購入や売却のサポートに生かしている。

 住宅づくりの面では、女性の視点を重視する点も特徴の一つだ。住宅購入の意思決定において女性の影響力が大きいという現実を踏まえ、家事動線や収納、空間の使いやすさなどを細かく設計する。住みやすさを高めるだけでなく、将来売却するときにも評価されやすい住宅になるという。杉氏はインテリアコーディネーターとして専門教育を受けた経験を持ち、生活者の視点から住宅空間を設計することを重視している。

 杉氏の経歴は決して一直線ではない。大学では法学を学び、外食企業で働いた後、リフォーム会社での挫折や休養期間を経験した。その後、インテリアの専門学校で学び直し、不動産再生会社で経験を積んだ。異なる分野を経験してきたことが、現在の多面的な視点につながっているとみられる。

 現在、杉氏が特に力を入れているのが「ゼロラボ」と呼ばれる不動産売却の新しい仕組みだ。従来の売却では、売主が不動産会社に物件を売却し、その会社がリノベーションを行ってから買主へ再販する流れが一般的だった。
この場合、売主は早く現金化できる代わりに市場価格より安く手放すケースも少なくない。

 ゼロラボでは、この中間の再販事業者を介さず、売主と買主を直接つなぐ仕組みを構築する。売主がリノベーションを行ってから販売するが、その費用は売却成立後に精算する仕組みとし、売主の初期負担を原則としてなくす。物件価値を高めたうえで売却できるため、売主と買主の双方に利益が生まれる可能性があるという。

 杉氏は、住宅には思い出が詰まっていることが多く、安く手放すしかない状況は望ましくないと話す。価値を高めて次の住み手へ引き継ぐ選択肢を用意したかったという。すでに複数の事例が進んでおり、今後は事業の拡大も視野に入れている。

 同氏の仕事の進め方は、窓口を本人に集約する点にも特徴がある。営業、設計、資産戦略までを一貫して担当するため、月に対応できる件数は限られる。しかし顧客の意図を正確に反映させるためには必要な方法だとしている。

 杉氏は私生活でも、3年に一度ヘアドネーションを行うなど社会活動に取り組んでいる。長く伸ばした髪を寄付するこの活動について、再生や循環という考え方が自身の仕事観にも通じていると話す。
住宅もまた壊して終わりではなく、価値を再構築して次の世代へ受け継ぐことができるという考え方だ。

 日本の不動産市場が転換期を迎えるなか、従来の流通構造に疑問を投げかけるこうした取り組みは、今後の住宅流通のあり方に新たな視点を示す可能性がある。杉将史氏の試みは、不動産を単に売買する対象としてではなく、社会の中で活用し続ける資産として捉え直す動きの一例として注目されている。
【編集:Y.U】
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