現地メディアによると、フィリピンのマルコス大統領は2026年3月25日、中東の要衝であるホルムズ海峡が封鎖された事態を受け、国内の燃料供給に「差し迫った危機」があるとして、全土に「エネルギー非常事態」を宣言した。この宣言は、世界的なエネルギー輸送の停滞が、輸入に深く依存するフィリピンの経済と市民生活を直撃することを防ぐための異例の措置だ。
ホルムズ海峡は、中東から輸出される石油の多くが通過する「世界のエネルギーの動脈」とも呼ばれる非常に重要な場所である。ここが封鎖されるということは、フィリピンに届くはずの石油が物理的にストップすることを意味しており、国家の存続に関わる重大な局面を迎えている。

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 フィリピンがこれほどまでに強い危機感を抱いている背景には、国内の燃料供給体制が極めて脆弱な状態にあるという厳しい現実がある。現在、フィリピン国内で稼働している製油所は、ルソン島バターン州にある「ペトロン」社の施設わずか一つしか存在しない。製油所とは、海外から輸入したドロドロの原油を熱して、ガソリンや軽油、灯油といった私たちが実際に使える製品に作り分ける工場のことを指す。以前は複数の製油所が国内にあったが、現在はその一つに頼り切っている状態だ。

 なぜ製油所が一つになってしまったのか、そこには2020年から世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミックが大きく関係している。かつては石油大手シェル系の「ピリピナス・シェル」も国内で大規模な製油所を運営していた。しかし、パンデミックによるロックダウン(都市封鎖)で人々の移動が制限され、ガソリンや飛行機の燃料などの需要が世界的に激減した。その結果、製油所を維持するコストが経営を圧迫することになった。シェルは2020年、国内での精製事業を停止し、海外の巨大な製油所で完成したガソリンや軽油をそのまま輸入し、国内で販売する方式に切り替える決断を下した。

 この構造転換は、平時であれば効率的なビジネスモデルかもしれないが、今回のような国際的な供給網の寸断という有事には大きな弱点となる。
自前で原油を製品に変える力が弱いということは、海外で出来上がった燃料を運んでくるタンカーが止まれば、即座に国内の在庫が底を突くことを意味するからだ。現在のフィリピンは、完成した燃料の輸入に頼る割合が非常に高く、ホルムズ海峡の封鎖によって中東からの供給が途絶えれば、代替ルートを確保することは容易ではない。

 マルコス大統領が「差し迫った危機」と表現したのは、単にガソリンスタンドに列ができるといった問題に留まらない。フィリピンでは物流の主役である「ジプニー」と呼ばれる乗り合いバスや、農産物を運ぶトラックの多くが軽油で動いている。燃料価格が高騰したり、供給が止まったりすれば、食べ物の値段も一気に跳ね上がり、人々の生活が立ち行かなくなる。また、フィリピンの発電は依然として火力が中心であり、燃料不足は大規模な停電を引き起こす恐れもある。

 非常事態宣言の発令により、政府は燃料価格の監視を強化し、不当な値上げや買いだめを厳しく取り締まる権限を持つことになる。また、エネルギー消費の削減を国民に呼びかけるとともに、限られた備蓄燃料を優先的にどこへ配分するかを決定する。政府は「パニックになる必要はない」と強調しているが、市民の間では不安が広がっており、各地のガソリンスタンドでは給油を急ぐ車両の姿も見られる。

 今回の事態は、一国のエネルギー政策がいかに国際情勢に左右されるかを浮き彫りにした。パンデミックという未曾有の事態を経て、コスト削減のために国内の生産能力を削り、輸入にシフトした結果、今回のような地政学的なリスクに対して極めて無防備になってしまった。フィリピン政府にとって、当面の混乱をどう収拾するかだけでなく、将来的にエネルギーの自給率をどう高めていくかという、非常に重い課題が突きつけられている。
中東情勢の緊迫化が長期化すれば、フィリピン経済への打撃は計り知れず、国際社会と連携した早急な対応が求められている。
【編集:af】
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