2026年4月9日、東南アジアの主要国であるフィリピンが、深刻なエネルギー危機に直面している。前日の4月8日、世界の原油価格の指標となる北海ブレント原油の先物価格は1バレルあたり93.94ドルまで急落した。
一時は110ドルを超えていた高値からの突然の下落だが、この市場の動きとは裏腹に、フィリピン国内の混乱は収まる気配がない。街角のガソリンスタンドでは、ガソリン価格が1リットルあたり100ペソ(約260円)、物流の命綱である軽油に至っては150ペソ前後(約390円)という異常な高値を記録し、国民の生活を根底から揺さぶっている。

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 フィリピンが抱える最大の弱点は、国内に石油を精製する施設、すなわち製油所がたった1つしかないという構造的な欠陥にある。現在はバターン州にあるペトロン社の製油所が国内唯一の砦となっている。製油所とは、輸入したドロドロの原油を、生活に欠かせないガソリンや軽油といった完成品に作り替える工場のことだ。この施設が1つしかないということは、万が一の故障や事故、あるいはメンテナンスで稼働が止まれば、フィリピンは自前で燃料を作る能力を完全に失うことを意味している。

 これまでのフィリピンは、製油所の不足分を補うため、他国ですでに精製された完成品を輸入することに頼ってきた。しかし、2026年現在の世界情勢において、この完成品を安定して確保することは極めて困難になっている。トランプ政権は中東においてイスラエルとの同盟関係をこれまで以上に強化し、中東のエネルギー地図を塗り替えようとしている。

 トランプ氏はアメリカ国内のイスラム教徒の有権者に対しても、経済の安定や雇用を守るという約束を通じて一定の支持を繋ぎ止めるという、極めて複雑な政治バランスを取っている。この「イスラエル支持」と「国内の支持固め」を両立させるトランプ流の外交は、中東諸国との関係を時に緊張させ、石油の供給網に予測不能な混乱を招いている。その結果、世界中でガソリンや軽油といった完成品の激しい取り合いが起き、完成品を輸出できる地域やルートは以前よりも大幅に少なくなってしまった。
フィリピンのような島国には、必要な燃料が届きにくい状況が生まれているのだ。

 この国家的な危機に対し、フィリピン国内では今、各地方自治体が自ら石油を確保しようと必死に動き出している。国全体の供給を待っていては、自分たちの地域の経済や市民の足が止まってしまうという恐怖があるからだ。特に注目されるのが、南部の中心都市ダバオである。ダバオはミンダナオ島の玄関口であり、巨大な石油貯蔵タンクが集まる輸入体制の拠点だ。

 現在、ダバオの港や輸入ルートをめぐり、周辺の各自治体が独自の予算を投じて石油を買い付けようとする、なりふり構わぬ争奪戦が繰り広げられている。各自治体の首長は、国の枠組みを超えて海外の供給業者と直接交渉を行い、石油を積んだタンカーを優先的に自分の街の港へ呼び込もうと奔走している。ある自治体が軽油を確保すれば、隣の自治体ではガソリンスタンドに長蛇の列ができ、バスやトラックが動かせなくなるという、地域間での「生き残り合戦」が現実のものとなっている。

 150ペソにまで達した軽油価格は、単なる燃料代の問題にとどまらない。フィリピンの物流や農業を支える車両の多くは軽油を燃料としており、その価格高騰はそのまま野菜や肉、米といった食料品の物価上昇に直結する。トランプ大統領の強気な外交や地政学的な変化が、石油という一滴の液体を通じて、フィリピンの一般家庭の食卓や、子供たちの通学の足を直接脅かしているのだ。
【編集:Eula】
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