フィリピン南部の中心都市ダバオの夜に、深刻なエネルギー危機の影が色濃く落ちている。2026年4月11日夜、市内の主要道路沿いにあるガソリンスタンド「シーオイル(SEAOIL)」を訪れると、そこには世界的な燃料価格の高騰を象徴する異様な光景が広がっていた。
地域でも有数の「安価店」として知られ、家計を支える庶民や運送業者の強い味方だった同店でさえ、電光掲示板に表示された軽油(ディーゼル)の価格は1リットル当たり138.90ペソに達していた。

その他の写真:Grabドライバーと、ガソリンスタンドスタッフ

 特筆すべきは、その表示方法だ。本来、2桁の単価を想定して設計された掲示板には100の位を表示するスロットがなく、価格は「13.89」と無理やり押し込まれる形で調整されていた。これは、現在の価格上昇が設備の想定を遥かに超える、前代未聞の事態であることを無言で物語っている。1ペソを2.7円で換算すれば、1リットル当たり約375円。日本の平均的な燃料価格の2倍以上に達するこの「劇薬」のような価格は、現地の物価水準からすれば、もはや「高騰」という言葉では生ぬるいほどの重圧となって市民の肩にのしかかっている。

 この直撃を受けているのが、フィリピンの都市交通の要となっている配車アプリ「Grab」運転手たちだ。白いトヨタ・ヴィオス(1300CC、マニュアル車)を走らせる中堅ドライバーの男性(42)は、給油ポンプの前で、自身のガソリン車に給油しながら深くため息をついた。男性のヴィオスはガソリン仕様であり、この日のレギュラーガソリン(エクストリームU)の価格は94.40ペソ(約255円)と、軽油に比べれば幾分か抑えられている。しかし、それでも1年前と比較すれば驚異的な値上がりだ。燃費を少しでも稼ぐためにあえてマニュアル車を選び、冷房の温度設定にも気を配る徹底ぶりだが、収支の悪化には歯止めがかからない。

 「自分のガソリン車でも十分に苦しいが、軽油を燃料にする仲間たち(6人乗りのワンボックスカー)はもっと悲惨だ」。
男性は、給油を待ちながらスマートフォンのメッセージ画面を見せてくれた。そこには、同じGrabで働くドライバー仲間たちからの、悲痛な報告が並んでいた。フィリピンでは、多人数を乗せるSUVやバンタイプの車両の多くが軽油車だ。138.90ペソという異常な高値により、それらの車両を操る仲間たちの多くが、現在は営業の自粛を余儀なくされているという。「走れば走るほど、燃料代が売り上げを上回り、赤字が膨らんでいく。車を止めて事態が沈静化するのを待つしかないんだ。家族を養わなければならないのに、ハンドルを握れないのは拷問と同じだ」と男性は唇を噛んだ。

 かつては「安い燃料」を求めて長い列ができたこのガソリンスタンドも、今や訪れるドライバーたちの表情は一様に硬い。セルフサービスで給油を行う従業員の女性も、次々と跳ね上がる数字を見つめる客の視線を避けるように、淡々と作業をこなしていた。掲示板の「13.89」という歪な数字は、インフレの波が止まらないフィリピン経済の現状と、その荒波に翻弄される労働者たちの苦境を浮き彫りにしている。

 フィリピン政府による補助金制度や運賃改定の議論も進められてはいるが、現場のドライバーたちの切迫感には追いついていない。暗闇の中に浮かび上がる「SEAOIL」の青いロゴと、異常な高値を告げる赤いLEDの光。
ダバオの夜を走るGrabカーのヘッドライトが、不透明な未来を照らし出そうともがいているようだった。庶民の生活を支えてきた「安価店」の看板が、皮肉にも過去最悪の危機を告げる警笛へと変わってしまった夜だった。
【編集:Eula】
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