SNSを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、イラストレーターの渡辺裕子(@satohi11)さん。
2025年7月スタートのテレビドラマ『しあわせな結婚』(テレビ朝日系)の見どころを連載していきます。
渡辺裕子さんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。
15年前の事件の真相をつきとめた幸太郎(阿部サダヲ)。
布勢夕人(玉置玲央)を殺したのは当時11歳の弟・レオ(板垣李光人)だった。
しかし、レオに付き添って警察に行った幸太郎に、ネルラ(松たか子)は「離婚してください」と告げる。
説得するがネルラの意思は固く、ふたりが離婚して1ヶ月。

事件の裁判が開かれ、叔父の考(岡部たかし)に執行猶予付きの判決が出て、鈴木家のマンションを後にする。
レオは罪には問われなかったがネットに晒され、仕事を辞めてやはりマンションを出てアルバイトを始め、あの家に残るのは父の寛(段田安則)とネルラだけに。
そんな中、美術館から絵画修復の依頼が来て、ネルラはひさしぶりに修復の仕事につく。
実はネルラを心配した幸太郎が、彼女を雇うようにひそかに手配していたのだった。
ところがその後、寛から「ネルラが行方不明」と幸太郎に連絡が来る。
幸太郎はネルラのパソコンを調べ、本文がない自分宛のメールの下書きを発見し、刑事の黒川竜司(杉野遥亮)にメールの復元を依頼する。

ネルラの右手に握られた、黒光りするハサミ。
かつて、幸太郎のはねた毛を切るのに使われた、恐怖を感じるほど大きい、キャンバスを切るためのもの。
ハサミを手にネルラが立っているのは、オークションにかけられる前の、布勢の絵の前。しかしこの絵は、ネルラが彼のタッチを真似て描いた、いわば贋作。
これが、復元されたメールに書かれていた、ネルラの最大の秘密。そして、罪。
ネルラはこの15年ずっと、絵を破壊する日を待っていたのだろうか。

彼女は、遊び心で贋作を描いたことで、布勢を追いつめてしまった。
それから絵を描くことも絵画修復もやめ、決意の自画像を描くためのスケッチブックも、椅子に乗らないと手が届かないような高いところにしまわれていた。
だけどあの大きなハサミだけは、幸太郎の髪を切ろうとしてすぐ手に取れるほど、いつも彼女の近くにあった。
いつか、布勢を死に追いやった自分の絵を切り刻む日のために。そして罪人として裁かれるために。

その望みを叶えようとする彼女の前に現れたのは、やっぱり幸太郎だった。
もう離婚していて夫婦ではないのに、それでも彼女を守りたい幸太郎。
なんてしつこい…のではなく、粘り強い。そして、とんでもなくかっこいい。
「君は股関節の女だろう。『股関節を開いて、力強く生きる女がステキだ』と言ったじゃないか」

画家のベルリオーネが描いたという『股関節の女』。どんなに検索しても出てこない、架空と思われるこの作品。
第一話で変な格好をしながらネルラが語った時は、おもしろい会話だと思っただけなのに。まさか最終話で、弱々しいネルラに本来の彼女を思い出させるために、幸太郎が叫ぶとは。

芸術には疎く、ウェディングフォトを撮ることになった有名フォトグラファーの名前を聞いてもきょとんとしていた幸太郎。
でも、ネルラが何気なく言った絵のタイトルを覚えていたし、見たことのないその絵を、強く生きるネルラに重ねていた。
布勢が「君の絵を描くよ」と言いながら果たせなかったのとは正反対。
幸太郎は、絵は描かないけれど、美しく力強い絵を想像し、それを妻の姿と合わせて、自分だけの絵にすることができるのだ。
そのくらい、幸太郎はネルラを愛している。
「もしそれで、君が背負う苦しみがあるなら、俺も一緒に背負うから。だから、だからもう一回結婚しよう」
幸太郎、かっこよすぎる。
ネルラがハサミを手に幸太郎に駆け寄った時は、そのまま彼を突き刺すのかとひやっとしたけれど、彼女は幸太郎を殺すのではなく、抱きしめることを選んだ。

これからもネルラは、何かあるたびに「離婚してください」と言うのかもしれない。
そしてまたふたりは離婚して、幸太郎は「結婚しよう」と、何度も何度も粘り強くネルラにプロポーズするのだろう。

結婚は、むずかしい。若い頃ならまだしも、40代、50代ともなるとすでに生活の仕方も好みも固まっている。
その年齢から暮らし方を変化させるのはとてもむずかしいこと。
違う形のベッドをふたつ並べてダブルベッドとして扱うような、不自然な妥協を毎日繰り返す、それが中年世代の結婚。
ハンバーグもビーフシチューも、好みの味とは違う。
けれど、ネルラの寝言は
「クワンド モリレモ…サレーモ インシエーメ」

調べてみると、イタリア語で『死ぬ時は一緒』。
布勢に「一緒に死のう」と迫られて「なんで私が」と反撃したネルラが、幸太郎と「死ぬ時は一緒に」と思える夢を見る。
そして彼女の不思議な寝相に合わせて、幸太郎も逆さまになって眠る。
むずかしくて、不思議で、不自由で、変。けれど彼らにとってこれが『しあわせな結婚』なのだ。
鈴木家のみんなも、そして黒川も『しあわせ』でありますように。いつかどこかの中華屋で、爆食いする黒川と相席できますように。
[文/渡辺裕子 構成/grape編集部]
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