交番に寄せられる相談の中で、もっとも多いのは落とし物です。
警察官にとっては数多く取り扱う事案の1つでも、落とし主にとっては胸が締めつけられる一大事です。
大切なものをなくしたショックと不安を抱えながら、勇気を振り絞って交番のドアを開ける人も少なくありません。
しかし、そんな落とし物のやり取りの中には、思わず笑みがこぼれるようなエピソードもあるのです。
警察官として10年勤務した筆者が、実際に体験したエピソードを紹介します。
意外な場所にあった『落とし物』
筆者が神奈川県の某駅前交番に勤務していた時の話です。
22時頃、1人の若い男性が青ざめた顔で交番に飛び込んできました。
頬は赤く、少し酒も入っていたようで、声を震わせながらこう切り出します。
「落とし物の届け出に来ました…」
状況を聞くと、友人と飲食店で酒を飲んだ後、駅まで見送った際に、大切にしていたサングラスがなくなっていることに気づいたのだとか。

※写真はイメージ
彼にとってそのサングラスは、彼女から誕生日にもらった大切なプレゼントだといいます。
飲食店に電話しても見つからず、すっかり諦めモードで絶望した表情を浮かべていました。
「どうしよう…」とうなだれる姿に、交番の空気も少し沈みかけたその時…。
話を聞きながらメモをとっていた筆者が、顔を見上げた時、思わずハッとします。
「お兄さん!探しているサングラスって…額にかかっている、そのサングラスじゃないですか?」
男性は一瞬きょとんとし、恐るおそる自分の額に手を伸ばしました。
「あ…あった~!!」
交番内で、男性と筆者は思わず爆笑しました。
駅までの道が暗かったため、思わず額にサングラスをかけていたのをすっかり忘れていたようです。

※写真はイメージ
酒の影響もあって冷静さを失い、大切なものを「落とした」と思い込んでしまったのでしょう。
男性はすっかり安堵した様子で、終始恥ずかしそうにしていました。
その様子を見た筆者は「そのサングラスを本当に大切にしていたんだな」と、ほのぼのとした気持ちに…。
それと同時に「遺失物の届け出は並々ならない気持ちで来所する。だからこそ1件1件を誠実に対応しよう」と心に決めた1日でもありました。
落とし物は『冷静さ』で見つかることもある
大切なものをなくした時、人はどうしても冷静さを失ってしまいます。
しかし、落ち着いて『最後に持っていた時』から『なくしたことに気づいた時』までを整理して振り返ると、意外な場所から見つかることが少なくありません。
・いつもポケットに入れていると思っていたけれど、銀行に行った時、実はバッグにしまっていた。
・机の上に置いたと思っていたら、実は上着の内ポケットに入れていた。
そんな『思い込みによる勘違い』は誰にでもあるものです。
交番では、ただ落とし物を受理するだけでなく、一緒に行動を整理することで解決に結びつくケースもあります。
焦りを抱えたまま1人で探すより、交番で冷静さを取り戻すことが、意外な発見につながるかもしれません。

元警察官。警察歴10年。
交番勤務を経て、生活安全課の捜査員として勤務。
行方不明やDVなどの「人身関連事案」を対応しつつ、防犯の広報・企画業務を兼務。
現在は警察の経験を生かし、Xや音声配信(StandFM)にて、防犯情報を発信中。
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[文・構成/りょうせい]