笠井信輔、海老名香葉子さんのお別れ会に参加し林家一門の結束の強さを実感
笠井信輔オフィシャルインスタグラム(@shinsuke.kasai)より

フリーアナウンサーの笠井信輔が1月9日、インスタグラムで海老名香葉子さんのお別れ会に参加した様子を報告した。笠井は30年以上にわたって家族ぐるみでお世話になったという海老名さんに最後のお別れを告げた。


お別れ会は午前11時から開始され、約1000人の弔問客が訪れた。笠井は番組収録の都合で午後1時過ぎに到着し、最後の弔問客となったが、ギリギリ間に合ったという。温かな祭壇には海老名さんの笑顔の遺影が飾られていた。

その後、林家一門の落語家らによるお清めの会に参加した笠井は、興味深いエピソードを明かした。実は一門の皆が海老名さんの訃報を知ったのは報道からで、これは「家族葬が終わるまでは一門の人間に伝えないように」という海老名さん本人の希望だったという。息子の林家正蔵と林家三平が連絡の遅れを謝り、皆で献杯した。

お清めの会では笑いと涙で海老名さんの思い出が語られた。遺影とご遺骨も会場に移され、海老名さんに見守られながらの会となった。使用された遺影は、海老名さんが戦時中に疎開していた能登の穴水での同窓会の際の写真で、穏やかで素敵な笑顔を見せていたという。

参加者の話は若い時に海老名さんに怒られた「怒られ話」で盛り上がったが、その根底には大いなる愛があり、皆がそれを懐かしくありがたく感じていることが伝わってきたと笠井は振り返る。

会の最中、正蔵をはじめとする落語家らが次々と会場を後にした。これは「自分が亡くなっても高座は休まないように」という海老名さんの遺言に従ったものだった。
一方で三平は最後まで会場に残り、皆への挨拶やお礼を行った。

笠井は一門の結束の強さを目の当たりにし、「海老名さんは天国に行ってしまったが、林家は磐石だ」と感じて会場を後にしたという。

また、この日は「男おばさん」の収録予定だったが、スタッフの好意により収録時間を1時間30分早めてもらい、お別れ会への参加が可能になった。笠井は温かなスタッフの対応に心から感謝していると述べている。

帰宅後、香典返しの中に「海老名香葉子のことば」と題された海老名さん自筆のメッセージカードが入っており、笠井はその言葉にしみじみとした思いを抱いたと投稿を締めくくった。

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【参照元】
笠井信輔オフィシャルインスタグラム

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